世界ミステリー図鑑 ✦ ノルウェー中部 ✦ 未解明現象
ヘスダーレンの光
Hessdalen Lights — 北欧の谷に40年間浮かぶ、科学が解明できない発光体の謎
冬の闇が谷を完全に飲み込んだ、午後8時すぎのことだった。ノルウェー中部、トロンハイムから南東へ120キロ。標高617メートルの山あいにひっそりと佇む集落ヘスダーレンの住民アルネ・リレヴォル(Arne Lillevold)は、台所の窓から何気なく外を眺めていた。その瞬間、視界の端に何かがあった——山の稜線の少し上に、ゆっくりと浮かんでいる橙色の光。最初は木こりのランプかと思った。あるいは、低く飛ぶ飛行機。しかし光は音もなく、まるで液体の中に漂うクラゲのように、無重力の空間を穏やかに移動しながら、やがて谷の奥へと静かに消えていった。彼は妻に声をかけた。「あれを見たか?」妻は首を振った。見ていなかった。
しかしリレヴォルは次の夜も、またその次の夜も同じ光を目にした。そして彼だけではなかった——谷の住民たちが次々と同じ体験を語り始めた。白い光、黄色い光、赤い光。音のない飛行体。時速数百キロで疾走したかと思えば、空中でぴたりと静止する発光体。それは週に15回から20回という異常な頻度で出現するようになり、ヘスダーレンの谷は静寂から騒乱へと、歴史の転換点へと引きずり込まれていく。
ヘスダーレン谷——地の果ての秘境と、
千年の鉱山史
ヘスダーレン(Hessdalen)は、ノルウェーのトロンデラーグ県ホルトーレン自治体に属する、人口150人にも満たない極小の集落だ。地図で見れば、ノルウェー中部の山岳地帯に細長く伸びる、全長約15キロメートルの谷の底に点在する農家の集まりに過ぎない。北緯62度41分、東経11度12分——北極圏には届かないが、真冬には気温がマイナス30度を下回り、強風が時速190キロで吹き荒れることもある過酷な環境だ。
谷の南端では、標高800メートルの地点に湖オイウンゲン(Øyungen)が静かにたたずんでいる。そこから流れ出る川ヘスヤ(Hesja)が谷の中央を縦断し、北へと向かって流れていく。両岸を挟む山々は、東と西でまったく異なる岩質を持っている——この地質的な「非対称性」が、後に科学者たちを驚かせる重大な手がかりとなる。
ヘスダーレンの地底には、膨大な鉱物資源が眠っている。鉄の採掘はヴァイキング時代、今から約1000年前にまで遡るという記録が存在する。谷の地層には銅、亜鉛、鉄、スカンジウムが豊富に含まれ、中世から近代にかけて、周辺では数多くの鉱山が操業した。最も重要なのが、ヘスダーレンから北西へ数十キロに位置する世界遺産の銅山都市ローロス(Røros)との地質的な繋がりだ。300年以上にわたってローロスの銅山で採掘された鉱石は、ヘスダーレン周辺の地層と同一の系統を持っており、この一帯全体が巨大な鉱物の宝庫であることを示している。
西側山腹:亜鉛・鉄を主成分とする鉱床。鉱山の廃液が川ヘスヤに流れ込み、硫酸を含む酸性水を形成している。
東側山腹:銅を主成分とする鉱床。西側とは化学的に対照的な組成を持つ。
川ヘスヤ:西側の廃鉱から流出した硫黄成分を含む川。電解質(イオン導電体)として機能する可能性がある。
キリングダール鉱山(Killingdal Mine):ヘスダーレン近傍の最後の銅山。1989年閉山。廃坑からの浸出水は現在も川に流れ込んでいる。
推定埋蔵量:ある試算では、この地域に約1,600万トンの鉱石(銅・亜鉛)が眠るとされており、これはローロスで300年間に採掘された量の3倍に相当する。
この鉱山の歴史は、ヘスダーレンの光の謎を解くカギの一端となる。廃坑に溜まった雨水が硫酸を溶かして川へ流れ込み、硫黄を含んだ酸性の川が両岸の異なる金属鉱床と接触する——この構造が、ある研究者に「谷全体が巨大な天然電池ではないか」という仮説を着想させることになるのだが、それは後の章で詳しく論じよう。
ヘスダーレンの光が「1930年代から」目撃されてきたと一般に言われているが、学術文献をさかのぼると、1811年にこの地域で発光現象が報告されていたという記述がある(Hauge, 2010)。これが同一の現象かどうかは確認されていないが、現象の歴史が少なくとも200年以上に及ぶ可能性を示唆している。
口伝では1930年代から地元の老人たちが「谷に不思議な光がある」と語り継いでいたとされ、当時の農民たちはそれをオーロラの地上版のようなものと考えていたか、あるいは不吉な前兆として恐れていた。スカンジナビアの民間伝承には、発光する球体に関する言い伝えが数多く存在し、「ニス(Nisse)」と呼ばれる精霊が火の玉の形で現れるという信仰もあった。ヘスダーレンの古老たちが語る光の話は、こうした伝承の文脈で長らく語り継がれてきたのである。
スカンジナビアの農村では古来、野原や沼地に出現する発光する球体を「リュクト(Lykt)」「エルドクレ(Eldkule)」「ヴィルオルム(Vildrande lys)」などと呼び、迷い人を惑わす精霊の仕業と考えていた。これはヨーロッパ全体に広がる「鬼火(will-o’-the-wisp)」の伝承と同系統のものだ。こうした民話の多くは、沼地のメタンガスや腐敗する有機物の発光といった自然現象を反映していると現代では解釈されているが、ヘスダーレンの光のような固体的な発光体の挙動は、これらとは明らかに異なる。民話が「説明できない光」をすべて同じカテゴリで語ってきたことは、かえって科学的な区別を困難にしている面もある。
1970年代から80年代にかけてのヘスダーレンは、深刻な過疎化の波に飲み込まれていた。鉱山が閉鎖され、若者たちは都市へと流れ出て、かつては賑わった集落は老人と農家だけが残る廃れた谷になりつつあった。1980年代初頭の人口は約200人。現在(2020年代)でも150人に達しない。外部世界との接点は乏しく、冬の閉ざされた季節に夜空に浮かぶ不思議な光は、孤立した人々にとって何か深い意味を持つものとして受け止められた。
そのような状況下で、1981年12月に光の「大発生」が始まる。あまりにも頻繁に、あまりにも多くの住民が同じ体験を語るようになったとき、ヘスダーレンはもはや「辺境の静かな谷」ではなくなっていた。
大発生の時代(1981〜1984)——
週に20回、谷を照らした謎の光
1981年12月——ノルウェーの冬至が近づき、ヘスダーレンの夜はほぼ一日中続く。そんな長く暗い夜に、住民たちは次々と空に奇妙な光を目撃し始めた。最初は個別の体験談にすぎなかったが、年が明け1982年になると、その頻度は信じがたいほど高まっていった。多い週には1週間で15回から20回もの目撃報告が上がるようになり、ヘスダーレンという名前はノルウェー全土で語られるようになった。
ビャルネ・リレヴォル(Bjarne Lillevold)は、ヘスダーレン現象の「最初の発見者」として後に広く知られるようになった地元住民の一人だ。プロジェクト・ヘスダーレンの公式ウェブサイトには彼の名前と証言が掲載されており、今日の国際的な認知の原点に彼の目撃体験があったとされている。
「光は私たちの家のすぐそばの地面近くに現れ、ゆっくりと谷に沿って動いた。大きさは大型バス程度で、黄白色の輝きだった。音は一切なく、ただそこに存在するだけだった。一度などは、私の農場の上空でしばらく静止したあと、音も残光もなく消えてしまった」
農家の女性は、冬の早朝4時に台所仕事をしていたとき、窓の外に「部屋全体が昼間のように明るくなるほど」の光が現れたと語った。その光は約45分間にわたって谷の上を漂い続けた。また、地元の郵便配達員は自分の配達車のすぐ脇を光球が追い越していったと報告した——それは彼の車と並走するように数百メートル移動し、最後は山の中腹に吸い込まれるように消えた。子供たちは登校前の暗闇の中で光を見て学校で話し、先生たちは半信半疑で聞いた。老人たちは「昔からあった光だ」と言い、若者たちは「UFOに違いない」と興奮した。
「谷の向こうの山の上から、三つの光が同時に現れた。一つは白く大きく、二つは小さくてオレンジ色だった。大きな光が静止している間、小さな二つがその周囲を螺旋を描くように旋回していた。やがて大きな光が突然消え、次の瞬間には小さな光も跡形もなく消えた」
「2004年の調査キャンプ中、午前3時頃に現象が始まった。我々が見たものは固体的な物体のようだった——まるで金属の雲のような。それが動き始め、5回撮影に成功した。最後に見たものは納屋ほどの大きさの炎の球体で、一時的に消えたあと再び現れ、二つの小さな光に分裂した」
大発生期に蓄積された数百件の目撃証言を詳細に分析すると、いくつかの共通パターンが浮かび上がってくる。この光は単なる「光点」ではなく、明確な物理的性質を持つ実体として認識されていた。
大きさは直径数十センチという小さなものから、最大で30メートルに及ぶ巨大なものまでさまざまだ。時には「自動車ほどの大きさ」と表現され、地面すれすれを飛ぶことも、山頂よりも高い上空に現れることも報告されている。持続時間は数秒のフラッシュから、2時間を超えるものまで存在する。速度は無風状態での静止から、レーダーで時速約30,000キロ(秒速8.5キロ)を記録したケースまで、桁違いのバリエーションがある。
特に目撃者を驚かせたのは、光の動き方だった。まっすぐ飛行するかと思えば直角に向きを変え、ゆっくりと揺れながら浮遊したかと思えば瞬時に加速する。風向きに逆らって動くことも多々あり、これが「気体や気象現象では説明できない」という主張の根拠の一つとなっている。また、光球が小さな光球を「射出」する現象——親球から子球が飛び出すような挙動——も複数の目撃者が報告しており、これは後にプラズマ理論の重要な考察対象となる。
光の大発生はノルウェーのメディアを通じて国外にも伝わり、1982年頃からは好奇心旺盛な「UFO観光客」がヘスダーレンに押し寄せた。人口200人の過疎の谷に、週末ごとにカメラを抱えた見物客が車で乗り込んでくる——地元住民にとっては困惑と戸惑いの体験だったが、否定できない現実として受け入れざるを得なかった。
ノルウェーのUFO調査団体UFO-ノルウェー(UFO-Norge)とスウェーデンの姉妹団体UFO-スウェーデン(UFO-Sverige)は早くからこの現象に注目した。両団体は協力して記録活動を開始したが、「UFO」という単語を冠した団体の調査では科学的信頼性が確保できないという問題もあった。それでも彼らの努力が、後に本格的な学術調査の礎となったことは否定できない。
1984年の最初の本格的科学調査が進む中、世界的なUFO研究の権威として知られた天体物理学者ジョセフ・アレン・ハイネク博士(Dr. J. Allen Hynek)がヘスダーレンを訪問した。ハイネクはアメリカ空軍の「プロジェクト・ブルーブック」(UFO調査プログラム)の元科学顧問であり、UFO現象の科学的分類システム——有名な「第三種接近遭遇(Close Encounters of the Third Kind)」という概念もハイネクが生み出した。スティーブン・スピルバーグの映画『未知との遭遇』にもハイネク本人がカメオ出演している。そのハイネクが自らヘスダーレンに足を運んで調査報告に驚きを示したという事実は、この現象が学術的に無視できないものであることを如実に示していた。
プロジェクト・ヘスダーレン——
科学者たちが挑んだ「光の正体」
1983年6月3日、歴史的な会議がノルウェーで開かれた。UFO-ノルウェー、UFO-スウェーデン、そして「サイコバイオフィジクス協会(Foreningen for Psykobiophysic)」の三団体の代表が集まり、ヘスダーレンの光に対する組織的かつ科学的なアプローチを協議した。この日、プロジェクト・ヘスダーレン(Project Hessdalen)が正式に発足した。
プロジェクトを主導したのは、ノルウェーのエストフォル大学カレッジ(Østfold University College)でコンピュータ工学と電気工学を研究するエルリング・P・ストランド教授(Erling P. Strand)だった。当初UFO調査団体の支援を受けながらスタートしたが、ストランドはあくまで「科学的手法によって現象を解明する」という姿勢を貫き、UFOという言葉を意図的に使わないようにした。「UFOという単語を使う限り、学術界から相手にされない」という判断からだ。
プロジェクト・ヘスダーレンに投入された最初の機材リストは壮観だった。軍から借り受けたレーダー、赤外線カメラ、スペクトル分析機、ガイガーカウンター、磁力計、地震計、VHF/HF受信機——これらの機器が谷の要所に設置され、1984年1月から2月にかけて、初の大規模野外観測が断行された。
1984年1月21日から2月26日にかけての野外調査は、科学史に残る驚くべき成果をあげた。わずか1週間で53件もの発光現象が観測・記録されたのだ。そのうち多くがレーダーにも反応を示し、発光体が確かに物理的な実体として存在することを客観的に証明した。これは単なる「幻視」や「大気光学現象」ではないことを、機器が明示したのである。
「一度、我々はレーザーポインタを発光体に向けて照射した実験を行った。するとそれは反応した。そのとき光は点滅していたのだが、レーザーを当てると点滅の周波数が倍になった。レーザーを下げると元の周波数に戻る。この実験を9回繰り返し、そのうち8回でまったく同じ反応が得られた」
レーザーへの「応答」という現象は科学的に最も衝撃的な発見の一つとなった。もし光が単なる気象現象やプラズマであれば、レーザーへの反応が一定のパターンを示すはずはない。この実験の結果は多くの研究者の間で激しい議論を呼び起こし、「光は何らかの情報処理能力を持つのか」という、物理学の常識を根本から揺るがす問いを投げかけた。
また1984年の調査中、レーダーが発光体を捕捉した際に特異な「スパイク状」の電波信号がHF〜VHF帯で検出された。磁場の局所的な変動も記録された。発光体が出現する直前、その周辺の地磁気が変動するというパターンが複数回確認されたが、地震との相関性は認められなかった。これらのデータは後にエストフォル大学のビョルン・G・ハウゲ准教授(Bjørn Gitle Hauge)によって詳細に分析されることになる。
エルリング・P・ストランド(Erling P. Strand)は1984年の野外調査を主導して以来、プロジェクト・ヘスダーレンの精神的支柱として40年近くにわたってこの研究を続けてきた。電子工学・通信工学の専門家であり、「UFO」という言葉を避けながら現象を純粋に物理的・工学的問題として扱い続けた姿勢が、最終的にこのプロジェクトを学術界で認められるものにした。2021年に至るまで、彼はエストフォル大学でのプロジェクト管理を続けた。
ビョルン・G・ハウゲ(Bjørn Gitle Hauge)は電気工学を専門とするエストフォル大学の准教授で、プロジェクトの実務的な中心人物として、機器の設置・保守・データ解析を長年担当してきた。「谷全体が天然の電池として機能している」という仮説の主要な支持者でもある。彼は後に「天然電池説(natural battery hypothesis)」の理論的発展においても中心的な役割を果たすことになる。
光学系:高感度カメラ(可視光)、赤外線ビューワー、スペクトル分析グレーティング付きカメラ(Praktica BX-20、270mm望遠、Kodak Ektachrome 100ASA)
電波系:スペクトルアナライザー走査型受信機(10 kHz〜1 GHz、電場感応型)、VHF/HF受信機
地物系:磁力計(地磁気変動検出)、ガイガーカウンター(放射線検出)、地震計
追跡系:軍から借り受けたレーダー(発光体の位置・速度・距離の客観的測定)
レーザー:発光体への照射実験に使用(ストランド教授による応答実験)
光の大発生が終息して10年が経った1994年3月24日、エストフォル大学を会場に「ヘスダーレン未知大気光現象に関する第1回国際ワークショップ」が開催された。8カ国から27名の科学者が参加し、14本の論文が発表された。これはプロジェクト・ヘスダーレンの第2フェーズの正式な幕開けであり、この現象が国際的な学術問題として認識されるようになった転換点でもある。
この会議で特に注目を集めたのが、イタリアのボローニャ電波天文台(Medicina Radiotelescope)のディレクター、ステリオ・モンテブニョーリ博士(Dr. Stelio Montebugnoli)の参加だった。SETI(地球外知的生命体探索)プログラムと連携していたボローニャ電波天文台の技術と、ヘスダーレン現象の研究が合流することで、後の「EMBLAプロジェクト」へと発展していく。
1994年の国際ワークショップ以降、エストフォル大学の学生たちが卒業研究として観測機器の開発に取り組んだ。1994年から8年間、合計8つの学士プロジェクトが積み重なった成果として、1998年に「ブルーボックス(Blue Box)」と呼ばれる自動観測ステーションがヘスダーレン谷に設置された。正式名称はヘスダーレン自動観測ステーション(Hessdalen AMS: Automatic Measurement Station)。
ブルーボックスは24時間365日稼働し続け、発光現象を自動で検知・記録する。高感度カメラ(可視光・赤外線)、電磁波受信機、磁力計、そしてリアルタイムでインターネットに画像を配信するシステムを備えており、世界中の誰でもウェブカメラ映像をリアルタイムで視聴できる。2024年現在も稼働中であり、1998年以来27以上の学士プロジェクトがこのシステムの開発・維持に関わってきた。
ヘスダーレンのブルーボックスは、UFOを自動観測するために設計された世界で唯一の科学観測所として、ユニークな存在だ。カメラのシャッター速度は極めて遅く設定されており、長時間露光によって発光体の軌跡を捉えることができる。また光学格子(diffraction grating)が取り付けられたカメラで、発光体の光スペクトルを自動的に取得する機能も組み込まれている。この「スペクトルフィンガープリント」が、後にヘスダーレンの光の物理的性質を解明する最重要データとなる。2007年に撮影された「30秒露光スペクトル写真」は、現在も最高品質の科学的記録の一つとされている。
謎の光の物理的カタログ——
科学機器が測定した「異常な性質」
プロジェクト・ヘスダーレンとEMBLAプロジェクトが40年以上にわたって積み重ねてきたデータは、ヘスダーレンの光が「見間違い」や「気象現象」では到底説明できない複雑な物理的実体であることを示している。科学者たちが確認した主要な特性を、可能な限り詳細に整理しよう。
発光体はしばしばレーダーによって追跡された。この事実は極めて重要だ。通常の大気光現象——オーロラ、大気光、スプライトなどは——レーダーに反応しない。電磁波を反射する固体的な構造を持っていないからだ。しかしヘスダーレンの光は明確なレーダーエコーを返し、その大きさ・位置・速度がレーダー上で追跡できた。
マッシモ・テオドラーニ博士(Massimo Teodorani)は2004年の長期科学調査の中で、放射輝度分布(Intensity Distribution)の解析から、光球の内部構造が「固体」に近い特性を持つことを示唆するデータを報告した。通常のプラズマの輝度分布は中心が最も明るくエッジに向けて滑らかに減衰するが、ヘスダーレンの光の多くは「均一に明るい固体的な球体」として振る舞っており、これは「アブラハムソン型球電(Abrahamson ball lightning)」——プラズマではなく、ナノ粒子の濃縮体——に最も近い特性だという。
「谷全体が、何らかの形で高度に帯電している。空にも地面付近にも、至るところに閃光が現れる。最も小さいものは直径10センチ、出力10〜300ワット——それが3メートルの距離まで近づいてきたこともある」
ヘスダーレン研究の最大のブレイクスルーの一つは、発光体の光スペクトル取得だ。2007年に撮影された一枚の写真は、光学格子(回折格子)を介して発光体のスペクトルを30秒露光で記録することに成功した。その結果、ヘスダーレンの光は「連続スペクトル」を持つことが明らかになった。
「連続スペクトル」とは、特定の波長だけが明るく輝く線スペクトル(原子や分子の発光に特徴的)ではなく、広範な波長にわたって連続的に光を放射するスペクトルのことだ。これは固体物体(焼けた金属など)や、密度の高いプラズマに特有の特性である。つまり、ヘスダーレンの光は少なくともそのスペクトル的特性において、希薄な気体やメタンの燃焼とは根本的に異なる。
さらにテオドラーニは、低輝度時と高輝度時の2つのスペクトルを比較した結果、ピークの位置も振幅もほとんど変化しないという不思議な安定性を確認した。これは光源内部の物理状態が輝度変化にかかわらず一定に保たれていることを示唆しており、通常の燃焼や放電現象ではありえない特性だ。スペクトルの解析から推定される温度は約5,000K——これは太陽表面温度(約5,778K)に近い値である。
EMBLAプロジェクトが2000年の最初の遠征で持ち込んだ超低周波(VLF: Very Low Frequency)受信機は、予想外の発見をもたらした。谷の中で、明確な原因が特定できない「スパイク状」の異常な周期的シグナルが繰り返し検出されたのだ。さらに驚くことに、これらのシグナルにはドップラーシフト——音源や光源が移動するときに観測される周波数の変化——が含まれていた。
VLF帯のドップラー信号は、電波を放射する物体が観測点に対して移動していることを意味する。これが人工的な無線発信機でないとすれば、なんらかの自然の電磁波放射体が谷の中を実際に移動しているということになる。このシグナルの正体についての確定的な結論はまだ出ていないが、発光体が電磁気的なプロセスと密接に関連していることを強く示唆している。
特に不思議なのは、発光体の通過後に地面に残される「痕跡」だ。いくつかの報告によれば、光球が地面のごく近くを通過した後、その場所の土壌から細菌や微生物が消えてしまうという現象が観察されたという。通常、屋外の土壌には無数の微生物が生息しているが、光球の通過後の土壌では微生物活性が著しく低下していたという。
また、地面付近を飛行した光球の近くで採取された土壌サンプルから、鉄やケイ素の粒子が発見された。これは光球の構成物質の一部が地面から取り込まれているか、あるいは地面に堆積しているか、いずれかを示唆する。テオドラーニは2004年の調査で「金属粒子の堆積の可能性」をデータの特異な特性として言及しており、これが「光球は土壌から電気的・化学的エネルギーを取り込みながら飛行しているのではないか」という仮説の根拠の一つとなっている。
2004年の調査中、マッシモ・テオドラーニは特に重大な発見をした。大きな光球が目撃された地点のすぐ近くの岩石表面で、通常より高いレベルの放射線が検出されたのだ。この放射線の上昇は、その場所限定のものであり、隣接する岩石では通常値だった。これはラドン崩壊仮説や「ダスティプラズマ」理論に新たな根拠を与えるものとして注目された。ラドンはウランやトリウムの崩壊系列の中間生成物であり、地殻から自然に放出される放射性ガスだ。ラドンが崩壊する際にアルファ線を放射し、これが大気中の粒子をイオン化してプラズマを形成する——というのが2010年に発表されたパイバ&タフトの理論の核心だ。
EMBLAプロジェクト——
イタリアの電波天文学者が挑んだ最前線
1994年の国際会議で火がついたイタリアの科学者たちの熱意は、やがて「EMBLAプロジェクト」という形で実を結んだ。EMBLA(Electromagnetic Behaviour of Luminous Anomalies)は、イタリア国立研究評議会(CNR)傘下のボローニャ電波天文学研究所(IRA: Istituto di Radioastronomia)とノルウェーのエストフォル大学カレッジが共同で立ち上げた研究プログラムだ。
プロジェクトの中核を担った研究者は以下の通りである:
ステリオ・モンテブニョーリ(Stelio Montebugnoli) — ボローニャ電波天文台ディレクター。SETIプログラムとの連携を担い、高度な電波観測技術を持ち込んだ
ジャーダー・モナリ(Jader Monari) — ボローニャ電波天文学研究所のエンジニア。後に「天然電池理論」を提唱した主要人物
マッシモ・テオドラーニ(Massimo Teodorani) — 天体物理学者。2004年に包括的な長期科学調査報告書をJournal of Scientific Explorationに発表
グロリア・ノビリ(Gloria Nobili) — ボローニャ大学物理学部の物理学者
フラビオ・ゴリ(Flavio Gori) — NASAのINSPIREプログラムと連携したVLF電波の専門家
エルリング・ストランド&ビョルン・G・ハウゲ — ノルウェー側の主担当者として現地でイタリア隊を支援
EMBLAチームは2000年8月にヘスダーレンへの最初の遠征を実施した。25日間にわたる観測では、VLF・ELF・UHFの各電波帯を同時モニタリングし、膨大な電磁波データを収集した。その結果として検出された異常な周期的シグナルは、後に詳細な解析論文として発表された(EMBLA 2000 Mission Report)。
2001年8月の第二次遠征では、テオドラーニが「これまでで最も豊富な多種データ」と評する大量の観測結果を得た。光学データに加え、電波・レーダーデータが同時取得され、特に印象的だったのは「構造を持つ物体(structured object)」の目撃だった。
「その物体は一定の形を持っていた。金属的な光沢を帯びた大型の雲のような外観だったが、それが移動し始めた。我々は5回の撮影に成功した。最後に見た物体は納屋ほどの大きさの炎の球体で、一時的に消えた後、二つの小さな光球に分裂した」
テオドラーニがこの期間のデータを解析した結果、特に注目されたのは放射出力の変動パターンだった。光球の表面に小さな光球のクラスターが突然出現する際、全体の放射出力が急激に上昇し最大19kWに達することが確認された。これはヘリコプターの探照灯(約1〜2kW)の10倍以上に相当する出力だ。このエネルギーがどこから来ているのかは、依然として謎のままである。
地球外知的生命体の探索(SETI)プログラムとヘスダーレン研究の接点は、単なる偶然ではない。SETIの研究者たちにとって、ヘスダーレンの光は重要な意味を持っていた——もし地球上で完全に解明できない発光・電磁波放射現象が存在するなら、その物理的メカニズムを理解することが、宇宙から飛来する未知の信号を識別するためのリファレンスになりうるからだ。
天体物理学者テオドラーニは、SETV(Search for Extra-Terrestrial Visitors)という概念を論文の中で言及している。宇宙から飛来した探査機やプローブが太陽系内、さらには地球近傍に存在する可能性を科学的に検証するためのネットワークを構築しようというもので、ヘスダーレンがその候補地点の一つとして位置づけられている。ただしテオドラーニ自身はこの仮説について慎重な姿勢を保っており、「排除はできないが証明もできない」という立場をとっている。
EMBLAプロジェクトの拠点となったボローニャのメディチーナ電波望遠鏡(Medicina Radiotelescope)は、イタリアが誇る世界最大級の電波望遠鏡施設の一つだ。直径32メートルの主反射鏡を持つこの施設は、通常は銀河や宇宙論的観測に使用されるが、SETIプログラムとも深く関わってきた。ステリオ・モンテブニョーリがこの施設のディレクターであったため、高度な電波解析技術とヘスダーレン調査が結びついた。VLF帯の微弱な異常シグナルを捕捉・解析する技術は、まさに宇宙からの微弱な電波を探すSETI技術と共通するものだ。「地球外信号を探す機器で、地上の謎の発光体の電波を解析する」——この皮肉な状況は、ヘスダーレン研究の独特の魅力を象徴している。
2024年にScienceDirect誌に掲載された最新論文(「VLF電磁調査によるヘスダーレンの光の解明への貢献」)では、フランス・ギリシャの地球物理学者チームが、ヘスダーレン谷全体で6回にわたる地質フィールド調査を実施した。VLF電磁気調査、全磁場測定、自己電位測定を組み合わせて、谷の地下構造を100平方キロメートルにわたってマッピングした成果だ。
この調査の目標は、発光現象と地下の地質構造・断層系・導電性構造の相関を明らかにすることだ。地下の断層や鉱床が電流の通路となり、それが地表から大気へと電荷を放出することで発光現象が生まれる——というメカニズムの検証が主眼だった。まだ確定的な結論には至っていないが、谷の地下に複数の導電性構造が存在することが確認されつつある。
「生きた光」の伝説——
レーザーに応答し、土壌を消毒する発光体
ヘスダーレンの光が「生きているようだ」と言われる所以は、その挙動の多様性と反応性にある。単に空中を漂うだけでなく、観測者の行動に対して明確な「反応」を示したように見えるケースが複数記録されている。最も有名なのは、すでに述べたレーザー実験だ。
ストランド教授のレーザー実験は単純なものだった。点滅している発光体に向けてレーザーポインタを照射し、反応を見る。しかしその結果は単純ではなかった——9回中8回で、光球の点滅周波数がレーザー照射に同期して変化したのだ。
これが偶然の一致である確率はきわめて低い。9回の試行で8回成功する(88%の成功率)ということは、統計的に有意な相関関係を示している。しかし、なぜ光球がレーザーに「応答」するのか——その物理的メカニズムは解明されていない。
1997年から1998年にかけて、学生・エンジニア・ジャーナリストの混成チーム「三角形プロジェクト(The Triangle Project)」がヘスダーレンで独自の観測活動を行った。彼らが記録したのは、上下に弾むように動く三角形(ピラミッド型)の光の配列だった。
3点の光が三角形を形成しながら、垂直方向に規則的に上下する——この動きは単独の光球の不規則な動きとは異なり、何らかの構造的な秩序を持つ運動パターンとして注目された。個別の光点がそれぞれ独立して動くのではなく、全体として幾何学的な形を維持しながら動くという現象は、ランダムな自然現象では説明が難しい。
いくつかの報告では、発光体が山の斜面や地表のごく近くまで降下し、長時間留まっていたとされる。こうした「着地に近い状態」の後、現場の土壌を調べると異変が認められたという。
具体的には、土壌の表層から鉄とケイ素の微粒子が検出されたこと、そして微生物の活性が著しく低下していたことが報告されている。「光球が通過した後、土壌が殺菌される」——これは5,000K近い高温であれば説明できる現象だが、同時に「光球は地面に熱的なダメージを残さない」という別の観察とも矛盾する。光球は高温でありながら、周囲の空気や地面を熱しない——これ自体が熱力学的に奇妙な現象だ。
「それは電柱ほどの太さの光の柱が垂直に地面から生えているようだった。上端が広がって、まるでキノコのような形をしていた。表面は内側から輝いており、10分ほど同じ場所にあった後、静かに消えた。翌朝その場所を見に行くと、地面には何の痕跡も残っていなかったが、周囲の雪だけが奇妙な速さで溶けていた」
ヘスダーレンの光で繰り返し報告される特異な現象に、親球からの小球射出がある。大きな光球が空中を移動しながら、突然その表面から小さな光球を「吐き出す」ように射出する——これが複数の目撃者と機器によって独立に記録されている。
理論研究者のゲルソン・パイバ(Gerson Paiva)とカールトン・タフト(Carlton Taft)は2011年の論文で、この現象についての理論モデルを提示した。彼らのモデルによれば、射出される小球の速度は理論値で秒速10,000メートル、観測値では最大秒速20,000メートルにも達する。また、中心の白い親球から射出される子球は常に緑色であることが確認されており、これは酸素イオン(O⁺₂)のイオン音響波による輸送プロセスで説明できるという。緑色の発光は酸素イオンの特定の電子遷移(b⁴Σ⁻g → a⁴Πu)に対応する。
コンピュータシミュレーションによると、電離したガスの中に浮遊するダスト粒子は、自発的に二重螺旋構造(ダブルヘリックス)を形成することがある。これはDNAの構造と幾何学的に類似した形だ。ヘスダーレンでは、光球の内部に幾何学的な構造が観察されることが度々報告されており、この「ダストプラズマ中の自発的秩序形成」というモデルが内部構造の説明候補の一つとなっている。自然が生命の設計図と同じ形を自発的に作り出すというこの事実は、科学的な美しさと奇妙さを同時に感じさせる。
仮説の競演——
科学者たちが提示した5つの理論
40年以上の研究にもかかわらず、ヘスダーレンの光の正体について科学的コンセンサスは存在しない。複数の理論が提唱されており、それぞれが現象の特定の側面を説明する一方で、他の側面との矛盾も抱えている。以下に、主要な仮説を提案者・提唱年・証拠と問題点とともに詳述する。
提唱者・時期:ゲルソン・パイバ(Gerson Paiva)& カールトン・タフト(Carlton Taft)、2010〜2012年。
内容:地殻から放出されるラドンガス(ウランやトリウムの崩壊産物である放射性気体)が大気中に漂うダスト粒子と混合し、ラドンのアルファ崩壊で放出されるアルファ粒子によってダスト粒子と空気がイオン化される。このイオン化されたダスト粒子の集合体——「ダスティプラズマ」——がクーロン結晶(Coulomb crystals)を形成し、発光体として現れる。ラドン崩壊の副産物であるポロニウムも検出されており、これがスペクトル中のヘリウム輝線を説明する。ダスティプラズマは自発的にダブルヘリックス構造を形成することがシミュレーションで確認されている。
支持する証拠:2004年にテオドラーニが光球の近傍岩石で検出した局所的な放射線上昇。ダスティプラズマモデルはスペクトルの形状、発振特性、幾何学的内部構造を数式的に説明できる。射出小球の速度と色(緑)も理論と一致する。
問題点・限界:放射線測定による直接的な確認は限定的。ラドン濃度が光球形成に十分なほどヘスダーレンで特異的に高いかどうかの確証が不足している。また、光球が風向きに逆らって移動する点がプラズマのみでは説明困難。
提唱者・時期:ジャーダー・モナリ(Jader Monari)他、2013〜2014年。New Scientist誌(2014年5月10日号)で広く紹介された。
内容:ヘスダーレン谷は巨大な天然電池として機能している。川ヘスヤの西側山腹は亜鉛と鉄を豊富に含み、東側は銅を豊富に含む。この「西=亜鉛/鉄(負極)、東=銅(正極)」という非対称な地質構造は、まさに電池の陽極・陰極に対応する。廃鉱から流れ込む硫酸を含む川の水が電解質として機能し、巨大なガルバニ電池が谷全体で形成される。この電池から流れる電流が、地面から大気へと電荷を放出し、発光するガス雲を形成する。モナリとローマノ・セッラ(Romano Serra)は、実際に谷の両側から採取した岩石を電解質(川の堆積物)に浸してスケールモデルを作製し、電球を点灯させるほどの電流が流れることを実証した。
支持する証拠:ハウゲが谷の大気中で検出した電場の異常。西側と東側の岩石の化学組成の非対称性(実際に確認済み)。廃鉱からの硫黄含有浸出水の存在。実験室でのスケールモデルでの電力発生成功。
問題点・限界:「谷スケールの電池が19kWに達する発光体を生成するのに十分なエネルギーを供給できるか」という疑問がある。また、発光体がなぜ谷を自律的に移動するのかが説明されていない。物理学者ビョルン・H・サムセット(Bjørn H. Samset)など懐疑論者は「研究が事実より前に走っている」と批判した。
提唱者・時期:複数の研究者が提唱。Zou(1995年)が初期の定量的議論を展開。テオドラーニも言及。
内容:ヘスダーレン谷の岩石には石英(quartz)を含む結晶質の岩石が多く分布している。石英などの圧電性結晶は、機械的なひずみを受けると電荷を発生させる(圧電効果)。地下の岩石が何らかの地圧によってひずむ際に電荷が発生し、それが大気に放電されて発光体を形成するという。地震の前兆として「地震光(earthquake lights)」が観察されることがあるが、これも圧電効果の産物と考えられており、ヘスダーレンの光もその類似現象ではないかという提案だ。
支持する証拠:ヘスダーレン谷に石英を含む岩石が広く分布していることは確認済み。地震光との類似性は概念的に説得力がある。
問題点・限界:ノルウェーはテクトニック的に非常に安定した地域であり、マグニチュード2.5以上の地震は2000年以降観測されていない(USGS data)。地圧の原因が不明。また、パイバ&タフト(2011年)は「圧電効果は光球内部の幾何学的構造の存在を説明できない」と明示的に否定した。
提唱者・時期:ノルウェーの研究グループ。スペクトル分析研究から浮上。
内容:ヘスダーレン周辺の土壌には、スカンジウム(scandium)という希土類元素が大量に含まれている。鉱山活動によって大気中に舞い上がったスカンジウムを含む粉塵が、特定の大気条件下で燃焼・発光する。スペクトル分析でヘスダーレンの光に水素、酸素、チタンなどの元素が検出されており、これが鉱山粉塵の燃焼を示唆するとされた。この研究発表後、ノルウェーの一部メディアは「ヘスダーレンの謎、解明される」と報じた。
支持する証拠:スペクトルで複数の元素が検出されたこと。キリングダール鉱山閉山後も粉塵が地域に残留していること。
問題点・限界:科学者の多くは「解明」という見出しに反発した。粉塵の燃焼で20分以上持続する発光体や、最大30メートルの規模を説明することはできない。また、粉塵が風向きに逆らって移動したり、レーザーに応答したりする理由も説明できない。現在この説は補助的な参考として位置づけられている。
提唱者・時期:テオドラーニ、2004年。「電気化学的球電モデル」としてJournal of Scientific Explorationに発表。
内容:ヘスダーレンの光は「球電(ball lightning)」の一形態であり、電気化学的プロセスによって形成・維持される。球電は雷雨時などに稀に観察される発光する球体で、自然界でも報告例がある。特にアブラハムソン(John Abrahamson)が提唱したナノ粒子球電モデル——電気放電によって蒸発・酸化したシリコンや金属のナノ粒子が表面に堆積して光球を形成する——がヘスダーレンの「固体的」な発光特性と最も整合性が高い。ヘスダーレン谷特有の電気化学的条件(天然電池、高い鉱物含有量)がこのプロセスの持続的なエネルギー源となる。
支持する証拠:ヘスダーレンの光の輝度分布が「均一に明るい固体球」に近いこと(プラズマの輝度分布とは異なる)。光球近傍で金属微粒子が堆積する可能性が指摘されていること。スペクトルが連続スペクトルであること(固体または高密度プラズマと整合)。
問題点・限界:球電は現在でも完全に解明されていない現象であり、「球電で説明する」こと自体が新たな謎を持ち込むことになる。また、数時間持続するヘスダーレンの光は、通常の球電(数秒から数十秒)の持続時間をはるかに超える。
「我々が今持っている理論は、あまりにも少ないデータに基づいている。急ぎすぎた結論は研究を傷つける」
これら5つの仮説はどれも「決定的」ではなく、研究者の間でも支持が割れている。現時点での最大公約数的な見解は、ヘスダーレンの光は単一の原因ではなく、複数の物理・化学プロセスが複合した結果として生まれる可能性が高いというものだ。谷の独特な地質(天然電池)、高い鉱物含有量(ラドン源・圧電岩石)、特殊な地形(閉じた谷での電場の蓄積)が組み合わさって、地球上でほかに類を見ない条件を作り出しているのかもしれない。
地球規模で出没する「同類の光」——
ヘスダーレンは特別か、それとも普遍か
ヘスダーレンの光は世界唯一の不思議ではない。地球の各地で、正体不明の発光体が繰り返し目撃されている。これらを「アースライト(earth lights)」または「スプークライト(spooklights)」と総称する概念は、イギリスの研究者ポール・デブロー(Paul Devereux)が1982年の著書『アースライト(Earth Lights)』で提唱したものだ。
デブローは、こうした発光現象の多くが断層帯や地震活動域と相関することを示し、地殻のひずみが電気的プロセスを介して発光現象を生み出すという「地震光(earthquake lights)」理論の発展に貢献した。ヘスダーレンを含む世界各地のアースライト現象を比較することで、共通の物理メカニズムが浮かび上がるかもしれない。
世界各地のアースライト現象を地質図と照合すると、興味深いパターンが浮かび上がってくる——多くの事例が花崗岩質の地形と相関しているのだ。ヘスダーレン谷、コロンビアベースン(ワシントン州)、ブラウン山、そして日本国内でも類似現象が報告されているいくつかの場所が、花崗岩を主岩種とする地域と重なっている。
花崗岩は石英を多く含む岩石であり、圧電効果の有力な候補だ。また花崗岩はウランやトリウムを比較的多く含む傾向があり、ラドンの放出源となりやすい。こうした共通性が「アースライトは地球の地質活動が生む普遍的な物理現象である」という仮説を支える。
ヘスダーレンでは、オーロラが活発な夜に発光現象がより鮮明に、より頻繁に現れるという目撃報告が複数ある。これは偶然の一致ではないかもしれない——オーロラは太陽風と地球磁場の相互作用によって生じる現象であり、その際に大気上層のイオン化が進む。このイオン化が何らかの形で地表付近のプラズマ形成を促進するとすれば、太陽活動がヘスダーレンの光の頻度に影響を与えることも理論的にありうる。
テオドラーニが1998〜2001年のAMSデータを解析した結果でも、発光現象の月別・年別頻度と太陽活動指数(黒点数)の間に何らかの相関パターンが見られると報告されている。ただしこの相関の因果関係については、まだ確定的な結論が出ていない。
地震光(earthquake lights)は、地震の直前や最中に空中に現れる発光現象で、2000年以上前から記録がある。2007年のペルー地震や2009年のラクイラ地震(イタリア)でも映像が記録された。地震光の発生メカニズムとして有力なのが「圧電効果説」——岩石のひずみが電荷を生み出し、それが大気中に放電されて発光する——だが、これは圧電効果説と同じ論理だ。ただしヘスダーレンは地震活動がほぼゼロの安定した地域であり、地震光と同一現象とは考えにくい。しかし、地殻から電荷が大気に放出される基本的なメカニズムは共有している可能性がある。ノルウェーのテクトニックな静穏と発光現象の矛盾は、ヘスダーレン固有の地質条件(天然電池・ラドン源)が「地震なしに同様の電気的プロセスを起動している」という解釈をむしろ支持するかもしれない。
2003年、アースライト研究の国際的なネットワーク化を目指して国際アースライト同盟(IEA: International Earthlights Alliance)が設立された。設立に関わった主要人物の一人がエルリング・ストランドであることは、ヘスダーレン研究が世界規模のアースライト研究の中核として位置づけられていることを示している。IEAは世界各地の発光現象の情報を共有し、共通の観測プロトコルと分析手法の確立を目指している。
現在進行形の謎——
2024年の最新研究と、消えない問いかけ
1981年の大発生から40年以上が経過した今日、ヘスダーレンの光は依然として謎のまま存在し続けている。頻度こそ大発生期の「週15〜20回」から「年10〜20回」へと激減したが、現象は消えていない。ブルーボックス(Hessdalen AMS)は24時間稼働を続け、世界中の研究者がリアルタイムの映像データにアクセスできる。
2024年、学術誌Journal of Applied Geophysicsに掲載された論文「Contribution of VLF electromagnetic survey to the investigation of Hessdalen lights」(Ramdane Boudjehem, Sid-Ali Ouadfeul他)は、ヘスダーレン谷での6回の地球物理フィールドキャンペーンの成果を報告した。これは谷の地下構造を系統的にマッピングした最も新しい総合的研究だ。
調査では100平方キロメートルの範囲で、VLF電磁気法(Very Low Frequency electromagnetic method)、全磁場測定(Total Magnetic Field)、自己電位法(Self Potential)を組み合わせて地下の導電性構造を描出した。その結果、谷の地下に複数の断層系と、電流の通路となりうる導電性構造が確認された。ただし、これらの地下構造と発光現象の因果関係を確定するには、さらなる同時観測データが必要だという結論に至っている。
2002年から「サイエンスキャンプ(Science Camp)」という名の教育プログラムが開始された。学生・教師・研究者が2週間ヘスダーレンに滞在し、山中に設置した3つの観測拠点からデータを収集する取り組みだ。「ヘスダーレン研究協会(HERA: Hessdalen Research Association)」が主催し、エストフォル大学とイタリアの研究機関が協力している。
このプログラムの目的は単なる研究だけでなく、「若者を科学・数学・自然に興味を持たせること」にあるとストランドは語っている。謎を解こうとする情熱が、次世代の科学者を育てる——ヘスダーレンの光が研究対象として持つ教育的価値は、現象の解明そのものと同様に重要かもしれない。
2016年12月16日、ストランド自身がトロンハイムからオーレン(Ålen)へ向かう途中、ヘスダーレン方向に不思議な光を目撃した。プロジェクト・ヘスダーレンの公式ウェブサイトに掲載されているその証言は、研究者の慎重な語り口と、同時に抑えきれない驚きが滲み出ている。
「スヴォルヤトンネルの少し北で、最初に光を目撃した。非常に高い空にあり、谷に沿って移動していた。好奇心から私もヘスダーレンへ向かうことにした。光は移動中もずっと見えていた。へスダルスキョーレンで車を止め、ヘスダーレンの知人に電話した。すると彼もログンサーセンの電話タワーの上に光を見ていると言った。彼はそれを虹色の光と表現し、タワーに向けて輝いていると言った。そして私は巨大な『機械』を見た——宇宙船と呼ぶしかないような何かを。それは通常の『UFO』の形とはまったく異なっていた。数秒後、その物体は横に傾き、丘の向こうへ消えた」
40年以上この現象を研究し続け、科学的説明を探求してきた人物が「宇宙船と呼ぶしかない」と記録したこの証言は、ヘスダーレンの謎の深さを改めて物語っている。もちろんストランド自身も、これを即座に宇宙人の飛行物体と断定しているわけではない——「宇宙船のようだ」という表現は、形状の奇妙さを他に適切な言葉で表せなかったゆえの比喩だ。しかし、最も慎重で科学的な研究者の一人がこのような表現を選ばざるをえなかったという事実は、それ自体が語り物になる。
2021年、ウュルツブルク大学(University of Würzburg、ドイツ)とボローニャ大学(University of Bologna、イタリア)の学生グループがブルーボックスの機器開発に参加を開始した。これに加え、フランスの地球科学機関(GEIPAN他)とギリシャの地球物理学者たちが地質調査で協力しており、ヘスダーレン研究は現在、ヨーロッパ5カ国以上の研究機関が関与する国際共同プロジェクトとなっている。
2016年、Frontiers in Earth Science誌に掲載された論文「To Investigate or Not to Investigate? Researchers’ Views on Unexplored Atmospheric Light Phenomena」(Caron & Faridi)は、学術界へのアンケート調査の結果を報告した。欧州委員会の助成を受けた研究者たちを対象に「大学や助成機関はヘスダーレンのような未解明の大気光現象の研究を支援すべきか」と問いかけた結果、回答者の多数が支持すると答えた。
特に注目されたのは年齢による差異で、若い研究者ほどこの種の「境界科学」研究への関心が高く、「次世代の科学者がこの分野の主要な担い手になる可能性が高い」という結論が導き出された。ヘスダーレンの謎を追い続けることが、大気物理学・光子工学・地球科学の新たなブレイクスルーをもたらす可能性が正式に論文で肯定された瞬間だった。
ヘスダーレン研究が生み出した副産物として注目されているのが、「天然電池モデル」が示すエネルギー貯蔵の新概念だ。モナリの理論が正しければ、特定の地質条件下では大地そのものが電気を生成・蓄積できることになる。これは地熱エネルギー・地中熱などとも異なる、全く新しいタイプの自然エネルギー源だ。「もしヘスダーレンの光が解明されれば、それは謎の解決というだけでなく、新しい形のエネルギー貯蔵技術への扉を開くかもしれない」とある研究者は語っている。ミステリーが実用技術に繋がる——それは科学史において珍しくないことだ。
解明されない美しさ——
謎であり続けることの意味
人口150人の過疎の谷から始まった物語は、40年以上を経てなお終わっていない。ヘスダーレンの光はノルウェーの夜空に今も浮かんでおり、カメラが自動で記録し、研究者がデータを解析し、学生たちが卒業論文を書き、世界中の好奇心旺盛な人々がウェブカメラを覗く。
科学が説明できないものは多い。しかしヘスダーレンの光が特別なのは、それが逃げないという点だ。写真に撮れる。レーダーで追える。スペクトルが測れる。電磁波が記録できる。「信じるか信じないか」の問題ではなく、「データは確かに存在する、しかし解釈できない」という、純粋に科学的な困惑がそこにある。
ストランド教授は一度こう語った——「これが難しい科学的問題であることは確かだ。しかし、だからこそ素晴らしい研究テーマなのだ。それが謎であるということ自体が、科学にとっての意味なのだから」。
ヘスダーレンの夜に、今夜も光は浮かぶかもしれない。山の稜線の少し上に、橙色か、白色か、あるいは緑色の球体が静かに現れ、音もなく谷を渡り、また消える。プラズマかもしれない。電池の放電かもしれない。あるいはまだ名前を持たない現象かもしれない。それを知らないまま眺めている150人の住民と、40年分のデータを抱えた研究者たちと、ウェブカメラの向こうで待つ世界中の人々が、それぞれの答えを夜空に探している。
科学は「わからない」と言える勇気を持ったとき、最も誠実だ。ヘスダーレンの光は、その誠実さを試し続けるために、今夜も灯っている。
http://www.hessdalen.org/reports/scex1802217251.pdf
https://www.researchgate.net/publication/228609015
参照:Wikipedia “Hessdalen lights” 項目 — https://en.wikipedia.org/wiki/Hessdalen_lights
参照:https://www.researchgate.net/publication/222796277
https://www.sciencenorway.no/little-valley–a-giant-battery/1401223
https://www.researchgate.net/publication/228559449
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0094576510000329
DOI: 10.3389/feart.2016.00017 — https://www.frontiersin.org/journals/earth-science/articles/10.3389/feart.2016.00017/full
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0926985124001149
https://www.societyforuapstudies.org/post/project-hessdalen-part-2
“Identifying the Unidentified – The Hessdalen Light Phenomenon, Norway” & “Eliminating the Impossible – The Complex Electro-Chemistry Behind the Hessdalen Lights”
https://naturphilosophie.co.uk/identifying-the-unidentified
https://en.wikipedia.org/wiki/Hessdalen_lights
https://www.discoveryuk.com/mysteries/hessdalen-lights
https://www.thelocal.no/20140514/norway-ufo-valley
Devereux, P. (1989). Earth Lights Revelation. Blandford.
参照:https://www.daviddarling.info/encyclopedia/E/earthlight.html
http://www.ufoevidence.org/topics/ProjectHessdalen.htm
https://www.iflscience.com/hessdalen-lights
https://www.dailygrail.com/2014/05/hessdalen-lights
http://www.en.hessdalen.de/physical.html

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