
一行の説明もない絵巻。鳥獣戯画は誰が、何のために描いたのか
兎が蛙を投げ、猿が経を読む。日本でいちばん有名な絵のひとつでありながら、この四巻には題名も、説明も、署名も書かれていない。誰が描いたのか、何の話なのか、いつ高山寺に来たのか——八百年のあいだ、そのどれにも確定した答えが出ていない。
京都・栂尾の高山寺に伝わる国宝『鳥獣人物戯画』は、甲・乙・丙・丁の四巻、つないで約44メートルの絵巻である。兎と蛙の相撲、水遊び、法会のまねごと——場面はよく知られている。だが、この絵巻には詞書(ことばがき)が一行もない。絵巻はふつう、場面のあいだに文章をはさんで筋を運ぶ。それが無いということは、題名も、主題も、制作の事情も、絵の外から知る手がかりがないということだ。残っているのは紙と墨だけである。2009年から四年をかけた解体修理は、その紙と墨を読み直し、いま私たちが見ている順序が本来の順序ではないことを突きとめた。
この絵巻に残る疑問
Key Questions説明の文章が、一行もない
絵巻は本来、絵と詞書が交互に進む。鳥獣戯画には詞書がない。だから題名すら後世の呼び名で、絵が何の話なのかを絵の外から確かめる方法がない。
誰が描いたのかが分からない
鳥羽僧正覚猷の筆と伝えられてきたが、それを示す同時代の資料はない。四巻は筆づかいも紙も異なり、少なくとも複数の手が関わっている。
いつ高山寺に来たのかが分からない
高山寺は明恵が1206年に再興した寺である。しかし、この四巻がいつ、誰の手を経てこの寺に納まったのかを示す記録が残っていない。
いま見ている順序が、本来の順序ではない
2009年からの解体修理で、甲巻の紙の並びが入れ替わっていることが分かった。八百年見られてきた順序そのものが、途中で組み替えられたものだった。
絵巻なのに、文章が一行もない
A scroll with no caption鳥獣戯画の謎は、絵の中にはない。絵の外にあるべきものが、丸ごと欠けているところにある。
絵巻物というかたちは、絵だけで成り立っているわけではない。ふつうは場面と場面のあいだに詞書(ことばがき)という文章が入り、誰がどこで何をしているのかを読者に渡す。『源氏物語絵巻』でも『信貴山縁起』でも、絵は文章と交互に進んでいく。
鳥獣戯画には、その文章が一行もない。四巻すべてにわたって、絵だけが続く。

文章が無いことの重さは、実際に何が確定できなくなるかを並べてみると分かる。
四巻を最初から最後まで見ても、絵以外に読めるものはない。後世に押された所蔵印と、修理のときの記録があるだけである。
- 甲巻 ── 詞書なし
- 乙巻 ── 詞書なし
- 丙巻 ── 詞書なし
- 丁巻 ── 詞書なし
絵の外から与えられる情報が、ひとつも無い状態になる。
- 題名(『鳥獣戯画』は後世の呼び名)
- 主題(何の話なのか)
- 制作年(いつ描かれたのか)
- 注文主(誰のために描かれたのか)
- 画家(誰が描いたのか)
文字が無くても、物としての紙は語る。修理はそこを読む作業になった。
- 紙の継ぎ目と、紙の質の違い
- 紙を漉くときに付いた刷毛(はけ)の跡
- 裏へ抜けた墨の位置
- 後の時代に入れられた補修の跡
つまりこの絵巻は、八百年ものあいだ「絵を見てどう読むか」しか手がかりのない状態で伝わってきた。誰かが「これは仏事の風刺だ」と言えば、それを否定する文章も、肯定する文章も出てこない。
四巻は、もともと四巻ではなかった
Four scrolls, four works「鳥獣戯画」と一括りに呼ばれるが、中身は四巻でまったく違う。
- 甲巻
- 縦31.1cm × 長さ1156.6cm。平安時代。兎・蛙・猿が水遊び、弓、相撲、法会のまねごとをする。いちばん有名なのがこの巻
- 乙巻
- 縦31.1cm × 長さ1224.5cm。平安時代。牛・馬・鷹から麒麟・龍まで、実在と空想の獣が写生風に並ぶ。物語ではなく図譜に近い
- 丙巻
- 縦31.9cm × 長さ1113.1cm。鎌倉時代。前半が人間の遊び、後半が動物の戯画。二つの性格が一巻に同居している
- 丁巻
- 縦31.7cm × 長さ938.6cm。鎌倉時代。登場するのは人間だけ。験くらべ、流鏑馬、相撲など勝負の場面が多い
- 合計
- 四巻をつなぐと約44メートル
時代が違い、筆づかいが違い、主題も違う。四巻は、はじめから一組の作品として作られたものではない。ある時期にまとめて一つの名前で呼ばれるようになった、別々の絵の集まりである。



四巻を一続きの物語として読もうとすると、必ずどこかで破綻する。破綻するのが当然で、もともと続いていないからだ。


京都の北西、栂尾。この参道の先に、八百年ぶんの紙が置かれていた。
絵は、山のなかの寺にある
The temple in the hills高山寺は、京都市街から北西へ、清滝川に沿って登った栂尾(とがのお)にある。周囲は杉の林で、参道は石垣と苔のあいだを縫って上がっていく。
寺としての歴史は古いが、いまのかたちを作ったのは明恵(みょうえ)である。建永元年(1206年)、後鳥羽上皇から寺域を与えられ、「高山寺」と名づけて再興した。栄西から贈られた茶の種をこの山に蒔いたとも伝えられ、境内にはいまも茶園が残る。


この寺には、絵巻のほかにも膨大な典籍と文書が伝わった。明恵という人が、自分の見た夢を四十年にわたって書きつけた『夢記』を残したことでも知られている。記録を残す寺だったと言っていい。



それなのに、来歴だけが分からない
No record of arrival記録を残す寺に、記録の残っていない宝物がある。鳥獣戯画が、いつ、どういう経緯で高山寺に納まったのかを示す同時代の文書が見つかっていない。明恵の時代にすでにあったのか、後から入ってきたのかさえ確定していない。


絵巻はふつう、寺の宝物としてどこかの目録に載る。高山寺にも中世以来の文書が多く残っている。それでも、この四巻の入口だけが空白になっている。



室町時代に、高山寺の伽藍は戦乱で焼けている。そのときに巻物がいったん散り、後で拾い集めてつなぎ直された——という推測がある。この推測は、のちの修理で見つかる「紙の入れ替わり」と、うまく噛み合う。

石水院にあるのは、複製である
What you actually see there高山寺を訪ねると、石水院という建物に通される。明恵の時代の姿を伝える住宅風の建物で、それ自体が国宝である。板の間に上がると、格天井と欄間が続く広い廂(ひさし)の奥に、善財童子の小さな像が置かれている。
ここで鳥獣戯画を見ることができる。ただし、置かれているのは複製である。四巻の実物は寺を離れ、東京国立博物館と京都国立博物館に寄託されている。


複製だから価値がない、という話ではない。絵巻は本来、手で繰りながら見るものだった。ガラス越しに一場面だけを切り取って見る現在の展示のほうが、この絵の元の見られ方からは遠い。

栂尾は、高雄・槇尾と並んで「三尾(さんび)」と呼ばれる谷である。隣の谷には西明寺があり、その先に神護寺がある。秋には道の両側が楓で埋まる。鳥獣戯画がこの山に伝わったこと自体は、絵の内容とは何の関係もない。だが、絵が八百年のあいだ置かれていたのが、京都の中心ではなくこの山の中だったという事実は、来歴の空白を考えるときに小さくない。



寺にあるのは複製、実物は博物館。どこにも「原本を、元の見方で見る」場所がない。これが鳥獣戯画の現在の置かれ方である。

四巻は京都国立博物館へ運ばれ、継ぎ目をほどかれた。
2009年、四巻はいったん解かれた
Taken apart, 20092009年、四巻は京都国立博物館に運ばれ、解体修理に入った。解体修理とは、絵巻を巻いたまま表面を直すのではなく、裏打ちの紙を外し、継ぎ目をほどいて、一紙ずつばらばらにする作業である。四年かかった。
この作業の副産物が大きかった。巻かれている状態では見られない場所が、全部見えるようになったからである。紙の裏、継ぎ目の内側、紙を漉いたときの繊維の向き、そして透過光を当てたときに浮かび上がる刷毛(はけ)の筋。

- 2009修理開始四巻が京都国立博物館へ
裏打ちを外し、継ぎ目をほどく解体修理が始まる。
- 2013完了四年の修理が終わる
巻き直され、寺と博物館へ戻る。
- 201410月7日〜11月24日「国宝 鳥獣戯画と高山寺」
京都国立博物館で修理後の姿が公開される。入場待ち時間が館外で2時間を超える日が出た。
- 201610月修理報告書が刊行
『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界』(高山寺監修・京都国立博物館編)。甲巻の紙のつながりが公表される。
- 2017指定東京国立博物館蔵の断簡が重要文化財に
切り離されて掛軸になっていた一枚が、甲巻の一部として位置づけられる。
- 20214月13日〜6月20日全四巻・全場面が一度に並ぶ
東京国立博物館 平成館。展覧会史上初の試みとして、約44メートルの全場面が公開された。
甲巻の順番は、入れ替わっていた
The order was wrong甲巻は二十三枚の紙を継いで作られている。修理では、その紙に透過光を当てて一枚ずつ調べた。紙を漉くときに簀(す)の上でなでた刷毛の跡が、光に透かすと筋になって見える。同じ一枚の紙から切り分けられたものなら、その筋はつながる。
鬼原俊枝(元・京都国立博物館列品管理室長)を中心とする調査は、二十三紙目と十一紙目の刷毛跡が一致することを見つけた。二枚を合わせた長さは約54センチ。甲巻のほかの紙とほぼ同じ寸法になる。つまりこの二枚は、もともと一枚だった。

二十三紙目のあとには、二十四紙目が来る。八百年、そう見られてきた。現在の甲巻
二十三紙目と十一紙目は、もともと一枚の紙だった。『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界』2016年
さらに、甲巻は前半と後半で紙の質が違うことも分かった。十紙目までと十一紙目以降では筆づかいも異なる。甲巻はもともと一本ではなく、二本の巻物を合わせたものだったという見方が、これで具体的な根拠を持った。

室町時代の火災で伽藍が焼け、散った紙を拾って継ぎ直した——という推測は、この所見とよく合う。ただし、継ぎ直した人が誰で、いつのことだったのかを示す記録はやはり無い。
丙巻は、一枚の紙の表と裏だった
Front and back of one sheet丙巻は、前半が人間の遊び、後半が動物の戯画という、ちぐはぐな構成をしている。長いあいだ、性格の違う二つの絵を一巻にまとめたものと説明されてきた。
修理は、まったく違う答えを出した。前半と後半は、もともと一枚の紙の表と裏だった。


根拠は墨である。片面に描いた墨は、紙の裏へわずかに抜ける。その抜けた位置が、もう一方の面の絵と一致するかどうかを照合した。
紙の裏へ抜けた墨の位置を、いまは別の場所にある絵と突き合わせた。
- 十九紙目の「歩く蛙」の墨が、紙の裏へ抜けている
- その位置が、二紙目の人物がかぶる烏帽子と重なる
- 同様の一致が、ほかの箇所でも確認された
一枚の紙を薄く二枚に剥がし、前半と後半として継ぎ直した絵巻だったことになる。
- 表に人物画、裏に動物画を描いた紙が、もとは一枚だった
- 後の時代に、紙を二枚に剥がした
- 剥がした二枚を前半・後半として並べ、一巻に仕立て直した
- だから前半と後半で絵の性格が食い違っている
紙を薄く剥がして二枚にする技術は、和紙だからできることである。ただし、何のためにそれをしたのかは分からない。表裏に絵があると絵巻として繰りにくいから、という実用上の理由かもしれない。一巻を二巻ぶんの長さにしたかったのかもしれない。
切り離された紙と、写された絵が、世界に散っている
Fragments and copies四巻からは、いくつもの紙が切り離されている。近代の日本では、絵巻の一部を切って掛軸に仕立てることが珍しくなかった。鳥獣戯画も例外ではない。
- 東京国立博物館
- 断簡一点。縦30.6cm × 横83.3cm、平安時代・12世紀。2017年に重要文化財に指定。左端に舞う花びらの形から、甲巻の兎と蛙が相撲をとる場面の直前につながると考えられている
- MIHO MUSEUM
- 断簡二点。甲巻の系統のものと、丁巻の系統のものがある
- 旧益田家・旧高松家
- 近代の収集家の手を経て分かれた断簡。高松家の旧蔵分はブルックリン美術館に寄託されている
- ホノルル美術館
- 土佐光信に帰せられる別本。原本の断簡ではなく、後の時代に写された一巻
- 住吉家伝来模本
- 江戸幕府の御用絵師の家に伝わった写し。『兎猿遊戯中巻』と呼ばれ、いま失われている場面を知る手がかりになる
断簡と模本は、性格がまったく違う。断簡は本体から切られた実物である。模本は写しで、実物ではない。だが失われた場面を復元するときには、模本のほうが役に立つことがある。原本から切り離されて行方が分からなくなった部分でも、写しが作られた時点では巻に付いていたかもしれないからだ。


散らばった紙をひとつずつ拾い直し、刷毛の跡と絵のつながりで元の位置に戻していく。修理報告書がやったのは、要するにその作業である。四巻はいまも、完全な姿には戻っていない。


絵が何を演じているのかは、まだ決まっていない
Still undecided紙のことは、修理でかなり分かった。分からないままなのは、絵の意味のほうである。
甲巻でいちばん議論されてきたのは、動物たちが何をまねているのかという点だ。ただ動物が遊んでいるだけには見えない。兎と蛙は弓を引き、猿は僧の衣を着て経を読み、蛙が本尊の位置に座る。人間の儀式の形が、動物の体で正確になぞられている。

この「なぞり」をどう読むかで、解釈が分かれてきた。人間を諷刺したと読む説。年中行事の絵を戯画にしたものと読む説。そのどちらでもなく、場面ごとにさらに小さな見立てが仕込まれている——たとえば狐が自分の狐火を松明に見立てて的を照らしている——と読む説もある。



人間の巻は、もっと分からない
The human scrolls丁巻は人間だけの巻で、験くらべや相撲、法会が描かれる。動物がいない以上「擬人化の諷刺」という読み方が使えない。にもかかわらず、丁巻の人物もどこかふざけている。何かの真似をしているのか、実際の行事を写したのか、判断がつかない。

絵の力が強すぎることも、解釈を難しくしている。線が上手すぎるので、素人の手すさびとは考えにくい。かといって、寺の正式な仕事として発注された絵なら、何らかの記録が残りそうなものである。


2021年、四巻の全場面が初めて一度に並べられた。
見るために、人は何時間も並ぶ
The queue修理が終わったあと、鳥獣戯画は繰り返し展示された。2014年の京都国立博物館「国宝 鳥獣戯画と高山寺」では、入場までの待ち時間が館外で2時間、館内で甲巻の前に立つまでにさらに50分という日があった。

2021年、東京国立博物館 平成館の「国宝 鳥獣戯画のすべて」は、四巻の全場面を一度に並べた。展覧会史上初の試みだった。甲巻の前には動く歩道が敷かれ、観客は歩かずに絵の前を流れていく。八百年前に手で繰られていた巻物を、二十一世紀はベルトコンベヤで見せた。

これだけの人が見に行く絵について、私たちは相変わらず、誰が描いたのかも、何の場面なのかも言えない。分かっているのは、紙の順番が途中で入れ替わったことと、一枚の紙が二枚に割られたことである。つまり、この絵に手を加えた後世の人間の痕跡のほうが、描いた人の痕跡より多く残っている。

説を並べる
Theories鳥羽僧正覚猷(かくゆう)が描いた説
もっとも古くから伝えられてきた説。覚猷(1053〜1140)は天台宗の高僧で、戯画を能くしたという評判が中世から残る。甲巻の成立時期とも重なり、伝承としての力が強い。
覚猷が鳥獣戯画を描いたと記した同時代の資料がひとつもない。四巻は紙も筆づかいも異なり、一人の手では説明がつかない。少なくとも丙巻・丁巻は覚猷の没後の制作と見られている。
複数の絵師・工房による寄せ集め説
四巻の紙質・筆致・時代がすべて違うという事実に、いちばん素直に合う。絵仏師定智、義清阿闍梨など、覚猷以外の名前も候補に挙がってきた。甲巻自体が二本の巻を合わせたものという修理の所見とも噛み合う。
誰の工房だったのかを特定する資料がない。「複数の手」と言えても、その手が誰のものかには一歩も近づけない。
仏事・法会のパロディ説
甲巻には、猿が僧衣を着て導師をつとめ、蛙が本尊の位置に座る場面がある。儀式の形がここまで正確になぞられている以上、寺の内側を知る人間が、内側に向けて作った冗談と読むのが自然である。
諷刺だとすると、誰を、何のために笑ったのかが分からない。また、乙巻の獣の図譜や丁巻の人間の勝負事は、この読み方では説明しきれない。
遊戯・行事の記録、あるいは絵師の手本(粉本)説
乙巻が図譜に近いこと、丁巻が実際の行事に見えることを説明できる。絵師が姿勢や動きを描きためた手本の束が、後に絵巻に仕立てられたとすれば、四巻の性格の違いも、詞書が無いことも同時に説明がつく。
手本にしては絵が完成しすぎている。また、甲巻の物語的な連続——蛇が現れて動物たちが逃げ散り、遊びが終わる——は、単なる手本の集積では出てこない。
まだ解けていない問い
Unanswered Questions- 01本来の順序は、どこまで戻せるのか
二十三紙目と十一紙目がつながることは分かった。だが、それ以外の紙がどう並んでいたのかは分からない。切り離された断簡を戻しても、まだ空白が残る。
- 02誰のために描かれたのか
寺の内側の冗談なのか、貴人への贈り物なのか、絵師自身の手すさびなのか。見る相手が決まらないかぎり、絵の意味も決まらない。
- 03いつ、どうやって高山寺に来たのか
明恵の時代からあったのか、後から入ったのか。記録を残すことに熱心だった寺で、この一点だけが記されていない。
- 04丙巻の紙を割ったのは誰か
一枚の紙を薄く二枚に剥がし、前半と後半として継ぎ直した人がいる。高度な技術が要る作業で、意図があったはずだが、誰がいつ行ったのかが分からない。

この板の間の先に、絵巻は置かれていた。いま並んでいるのは複製で、実物は博物館の収蔵庫にある。八百年のあいだ、誰かがこの絵を切り、並べ替え、紙を二枚に割った。そうして残ったものを、私たちは「鳥獣戯画」と呼んでいる。描いた人が何を考えていたのかは、一行も書かれていない。
写真: 663highland / CC BY 2.5出典と画像クレジット
Sources & Credits修理と報告
The restoration紙の入れ替わりと丙巻の表裏についての記述の根拠。
- 高山寺監修/京都国立博物館編『鳥獣戯画 修理から見えてきた世界 国宝 鳥獣人物戯画修理報告書』勉誠出版、2016年。
- 日本経済新聞「鳥獣戯画、絵順入れ替わる? はけ跡から判明」2016年10月2日 — 鬼原俊枝(元・京都国立博物館列品管理室長)による二十三紙目と十一紙目のつながりの指摘。
- 『鳥獣人物戯画』(日本語版ウィキペディア)— 甲巻の入れ替わり、丙巻の表裏、断簡の所在の整理。
所蔵と指定
Collections- 栂尾山 高山寺 公式サイト — 四巻の構成と全長、作者伝承について。
- 文化遺産オンライン(文化庁)— 四巻の法量。甲巻31.1×1156.6cm、乙巻31.1×1224.5cm、丙巻31.9×1113.1cm、丁巻31.7×938.6cm。
- e国宝『鳥獣人物戯画断簡』(東京国立博物館蔵)— 30.6×83.3cm、平安時代・12世紀、2017年重要文化財指定。甲巻の相撲場面の直前につながるとの解説。
- MIHO MUSEUM『鳥獣人物戯画断簡(甲巻)』作品解説。
展覧会と写真
Exhibitions and places写真の撮影地。いずれも現存し、見学できる。
- 京都国立博物館「国宝 鳥獣戯画と高山寺」2014年10月7日〜11月24日。
- 東京国立博物館 平成館「国宝 鳥獣戯画のすべて」2021年4月13日〜6月20日(会期延長後)。四巻・全場面の同時公開。
- 高山寺(京都市右京区栂尾)— 石水院は国宝。鳥獣戯画は複製が展示されている。
- 西明寺(京都市右京区槇尾)、指月橋 — 栂尾の隣の谷。
画像クレジット
Image Credits- 高山寺石水院の廂の間。磨かれた板床の奥、格子の欄間を背に善財童子像が小さく座り、逆光で影になっている — Masahiro Hayata from Tokyo, Japan / CC BY-SA 2.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sekisui-in.jpg)
- 甲巻の冒頭。兎と猿が川で水を掛け合い、岸では兎が衣を脱いでいる。墨だけの線描 — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-01.jpg)
- 甲巻。蛙が兎を投げ飛ばす相撲の場面と、取っ組み合う蛙と兎 — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-05.jpg)
- 乙巻。牛が写生のような線で並べて描かれる。物語の筋がなく図譜に近い — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chojyugiga2nd.jpg)
- 丁巻。僧たちが横に並んで座る場面 — 作者未詳(13世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_monks.jpg)
- 甲巻。参詣の行列と、そこで起きる盗みの場面。小さな人物と動物が横に長く続く — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-04.jpg)
- 石垣にはさまれた高山寺の参道。敷石の道が奥の木立へ続く — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto16s5s4592.jpg)
- 高山寺の参道。四角い敷石が並び、明るい木立のなかを道が奥へ続く — PlusMinus / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kouzanji_sandou.jpg)
- 高山寺の参道。苔に覆われた斜面のあいだを、細い木の柵に沿って小道が登っていく — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Road_approaching_a_temple.jpg)
- 苔むした石垣の前に立つ「高山寺」の石標 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto01s5s4592.jpg)
- 根元が苔に覆われた杉の大木のあいだを通る高山寺の砂利道と石段 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto07s5s4592.jpg)
- 杉木立ごしに見える高山寺の堂。手前に苔むした石垣 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto11s5s4592.jpg)
- 石灯籠が左右に立つ幅の広い石段。まわりは新緑の木立 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto02s5s4592.jpg)
- 杉の大木のあいだを抜ける高山寺の石段と砂利道。両側は苔むした石垣 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozanji_Kyoto_Kyoto04s5s4592.jpg)
- 高山寺の茶園。石垣の上の平地に茶の木が列をつくる。木々は葉を落としている — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Tea_garden.jpg)
- 高山寺の仏足石。木の柵に囲まれた大きな石に、両足の裏の形が彫られている — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Buddha%27s_Footprint.jpg)
- 紅葉した楓の向こうに見える高山寺の堂宇。手前は庭の石組み — KimonBerlin / CC BY-SA 2.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kozan-ji_(7069446619).jpg)
- 高山寺の法鼓台文庫。杉木立と石垣の奥に建つ板壁の収蔵庫 — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Storage.jpg)
- 石水院の表門。白壁と瓦屋根の門、脇に木の立て札 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sekisuiin_Kozanji_Kyoto_Kyoto01s5s4592.jpg)
- 石水院の門。板塀と瓦屋根の小さな門の脇に石灯籠と説明の札が立つ — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sekisuiin_Kozanji_Kyoto_Kyoto03s5s4592.jpg)
- 石水院の書院。飛び石が伸び、木立と庭に囲まれた木造の建物 — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Sekisui-in_-_Shoin.jpg)
- 朱塗りの柱と梁のあいだに、真っ赤に染まった楓が見える。板床に日が差している(京都・高雄) — lumoplank / CC0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Takao,_Kyoto,_Part_I_-_TakaoKyoto6210.jpg)
- 西明寺の指月橋。朱色の欄干の橋が谷川を渡り、砂利道が続く — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Saimyoji_Kyoto_Kyoto01n4592.jpg)
- 橙色に染まった楓に囲まれた西明寺の建物。白壁と木の連子窓 — lumoplank / CC0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Takao,_Kyoto,_Part_I_-_TakaoKyoto6201.jpg)
- 水盤に映る京都国立博物館の明治古都館。手前に解説パネルが立つ — Hyppolyte de Saint-Rambert / CC BY 4.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kyoto_National_Museum_(Higashiyama-Ku)_Museum_hdsr_S5_100.jpg)
- 京都国立博物館の明治古都館。煉瓦と石の洋館が芝生の広場の向こうに横長に立つ — Chainwit. / CC BY 4.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Kyoto_National_Museum_(2020)_-_img_01.jpg)
- 甲巻。僧形の猿を中心に、動物たちが供物を運ぶ法会の場面 — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-06.jpg)
- 甲巻。宴の支度をする場面。兎・蛙・猿が荷を担いで走る — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-03.jpg)
- 丙巻の前半。裸の男二人が頭に縄をかけて引き合う首引きの場面。周りで数人が見物する — 作者未詳(13世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_tugwar.jpg)
- 丙巻の後半。兎・蛙・猿が車を引き、団扇をあおぐ動物の戯画 — 作者未詳(13世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju3rdscroll_animals.JPG)
- 同じ別本の部分。木の下で兎・猿・蛙が盤を囲み、右で兎が立ち上がる — 伝 土佐光信 / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%27Frolicking_Animals%27_(detail),_attributed_to_Tosa_Mitsunobu_Honolulu_Museum_of_Art,.JPG)
- ホノルル美術館が所蔵する『鳥獣戯画』の別本。横に長い一巻を一枚におさめた画像 — 伝 土佐光信 / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%27Frolicking_Animals%27,_attributed_to_Tosa_Mitsunobu_Honolulu_Museum_of_Art,_1951.1.JPG)
- 甲巻から切り離された断簡。蛙が蓮の葉を僧の頭上に差しかけ、猿と蛙が従う — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_lilypad.jpg)
- 丁巻から切り離された断簡。相撲で投げられる男と、それを見る人びと — 作者未詳(13世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_sumo3.jpg)
- 甲巻。兎や蛙が弓を引き、右端に大きな車輪のような的が置かれる場面 — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-02.jpg)
- 甲巻の弓の場面から切り出した部分。的の前で待つ兎と狐 — Kiyoweap / CC0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_1st_scroll-02-rabbit%26fox%26target.jpg)
- 甲巻。棒を持った動物たちに追われて走る猿の盗人 — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_thief.jpg)
- 甲巻の水遊びの場面の部分。兎・猿・蛙が川で泳ぎ、飛び込む — 作者未詳(12世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_swimming.jpg)
- 丁巻。貴人たちが屋内の法会に列席し、左で僧が導師をつとめる — 作者未詳(13世紀) / Public domain(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Chouju_prayer.jpg)
- 掛軸。木の下の高座に座る白髭の老人に、衣を着た猿・兎・狐・狸が向き合って並ぶ。左下に賛と落款 — 富岡鉄斎 / CC0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Scene_Inspired_by_the_Scrolls_of_Frolicking_Animals_and_Humans_MET_DP-19489-002.jpg)
- 東京国立博物館 平成館。灰色の外壁と水盤、正面入口 — Suicasmo / CC BY-SA 4.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Heiseikan_of_the_Tokyo_National_Museum_20170323.jpg)
- 京都国立博物館に出ていた『只今の入場待ち時間』の掲示。館外120分、館内の鳥獣戯画『甲巻』は50分と書かれ、後ろに行列が伸びる — Yuya Tamai / CC BY 2.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:%E5%8F%AA%E4%BB%8A%E3%81%AE%E5%85%A5%E5%A0%B4%E5%BE%85%E3%81%A1%E6%99%82%E9%96%93_(15728204871).jpg)
- 東京国立博物館の構内にできた長い入館待ちの列。奥は緑のドームの表慶館 — Dale Cruse from San Francisco, CA, USA / CC BY 2.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Tokyo_National_Museum_(54166142528).jpg)
- 石水院の内部。『石水院』の扁額が掛かり、障子と畳の座敷、手前に善財童子像 — Yanajin33 / CC BY-SA 3.0(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:K%C3%B4zan-ji_Buddhist_Temple_-_Inside_of_Sekisui-in.jpg)
- 石水院の広い板間。格天井と欄間が連なる廊下の先に善財童子像、窓の外は緑 — 663highland / CC BY 2.5(https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Sekisuiin_Kozanji_Kyoto_Kyoto06s5s4350.jpg)