オーク・アイランド「マネー・ピット」——200年続く人類史上最大の掘削ミステリーと水力工学の謎

  1. 概要:なぜ「マネー・ピット」は世界最高のミステリーなのか?
    1. すべての始まり:ダニエル・マクギニスの発見
    2. ### 【余談コラム】オーク・アイランドの植生と名前の由来
    3. 最初の発掘:マクギニス、スミス、ヴォーン
    4. シメオン・ラインズと本格的採掘の開始
    5. 規則的な「印」:90フィートまでの記録
    6. 90フィートの石板(The 90-foot Stone)
    7. ### 【余談コラム】消えた石板の行方
    8. 「悪魔の罠」の発動:日曜日の悪夢
    9. 第1部・第2部 参考文献
    10. トゥルーロ・カンパニーの結成と新たな戦略
    11. 地下98フィートの「多層構造物(Vault)」
    12. 羊皮紙の断片と消えた証拠
    13. 史上最大の発見:スミス・コーブの「人工海岸」
    14. ### 【余談コラム】ココナッツ繊維の輸送ロジック
    15. オーク・アイランド協会と蒸気機関の導入
    16. 崩落(The Collapse):宝は深淵へ
    17. 最初の死者:ボイラー爆発事故
    18. オーク・アイランド・トレジャー・カンパニー(1893-)
    19. 羊皮紙の再発見と地質学者の警告
    20. 若き日のFDR、島へ
    21. ### 【余談コラム】大統領の空白の地図
    22. ギルバート・ヘッデンと工学的アプローチ
    23. 弁護士メル・チャペルの執念
    24. 第3部・第4部・第5部 参考文献
    25. 「外科手術」から「爆撃」へ
    26. コーズウェイ(土手道)の建設と70トンの怪物
    27. 歴史の破壊と得られたもの
    28. ### 【余談コラム】ダウジングへの傾倒
    29. 8月17日の悪夢:レストール家の悲劇
    30. トリトン・アライアンスの結成
    31. ボアホール10X(Borehole 10X):深淵の映像
    32. ### 【余談コラム】命がけのダイビング
    33. 第6部・第7部 参考文献
    34. 兄弟の約束:1965年のリーダーズ・ダイジェスト
    35. 最新テクノロジーが暴く「地下の真実」
    36. 決定的な発見物リスト
    37. ### 【余談コラム】ダン・ブランケンシップの最期
    38. 18世紀の土木技術と水密構造
    39. 「U字管」の原理と水圧トラップ
    40. 建設プロセス:コッファーダム(仮締め切り)
    41. ココナッツ繊維の年代測定:歴史の書き換え
    42. 説1:キャプテン・キッドと海賊の財宝
    43. 説2:スペイン帝国の失われた財宝船
    44. 説3:マリー・アントワネットの宝石
    45. ### 【余談コラム】スワンプ(三角地帯の沼)の謎
    46. 第8部・第9部・第10部 参考文献
    47. 説4:テンプル騎士団と聖杯伝説
    48. 説5:フランシス・ベーコンとシェイクスピア原稿
    49. 説6:フリーメイソンと「ノーランの十字架」
    50. ### 【余談コラム】ゼナ・ハルペーンの地図
    51. 冷徹な視点:自然陥没説(シンクホール説)
    52. なぜ、人は200年以上も穴を掘り続けるのか
    53. 【主要参考文献一覧】

概要:なぜ「マネー・ピット」は世界最高のミステリーなのか?

カナダ大西洋岸、300以上の小島が散らばるマホーン湾。その中に浮かぶ、わずか140エーカー(約0.57平方キロメートル)の「オーク・アイランド(Oak Island)」は、過去220年以上にわたり、トレジャーハンター、エンジニア、そして夢想家たちを飲み込み続けてきた。

この謎の核心にあるのが**「マネー・ピット(The Money Pit)」**と呼ばれる奇妙な縦穴である。

この場所が単なる「海賊の埋蔵金伝説」と一線を画す最大の理由は、そこに**極めて高度な「土木工学的防御システム」**が施されている点にある。 誰かがただ穴を掘って宝を埋めたのではない。掘り進めれば進むほど、海面下の潮汐力を利用した水路(フラッド・トンネル)を通じて海水が奔流し、侵入者を阻む「自動水没トラップ」が作動する仕組みになっているのだ。

18世紀末の技術で、いかにして深さ30メートル以上の地下に複雑な排水システムを構築したのか? なぜ、ココナッツ繊維やパテ、木炭といった、当時の現地には存在しない素材が大量に使用されているのか? そして、6人の死者と数百万ドルの資金を投じてなお、誰も「底」に到達できないのはなぜか?

これは単なる宝探しではない。歴史から抹消された「巨大土木プロジェクト」の痕跡を追う、科学と執念のドキュメンタリーである。


【第1部】1795年の夏、光と窪みと3人の若者

すべての始まり:ダニエル・マクギニスの発見

物語は1795年の夏に遡る。アメリカ独立戦争の余波がまだ残る時代、カナダ・ノバスコシア州のマホーン湾に浮かぶオーク・アイランドに、一人の若者が足を踏み入れた。彼の名はダニエル・マクギニス(Daniel McGinnis)。当時16歳とも18歳とも言われる彼は、島を探検中に奇妙な光景を目にする。

島の南東部、海から少し入った森の中に、不自然に開けた場所があった。そこには樹齢数百年と思われる巨大なオーク(カシ)の木が立っていたが、その枝の一つが切り落とされており、そこには滑車(ブロック・アンド・タックル)を吊るしていたような痕跡——あるいは実際に古い滑車そのものがぶら下がっていたという説もある——が見受けられた。

そして、その枝の直下の地面には、直径13フィート(約4メートル)ほどの、明らかに人工的な円形の**「窪み(Depression)」**が存在していたのである。

### 【余談コラム】オーク・アイランドの植生と名前の由来

「オーク・アイランド」という名前は、文字通りオーク(ナラ・カシ類)の木に由来する。しかし、実はこれは植物学的に興味深い。マホーン湾の島々の多くは針葉樹(松やトウヒ)で覆われており、落葉広葉樹であるアカガシ(Red Oak)が群生している島はこのオーク・アイランドだけであった。 つまり、この島は遠く海上から見ても「他とは違う島」として目立っていたのである。もし海図を持たない船乗りが何かを目印にするなら、季節によって色を変えるこの島は、天然のランドマークとして最適だったのだ。

最初の発掘:マクギニス、スミス、ヴォーン

マクギニスは直感した。「海賊の宝だ」。 この地域はかつて「海賊の黄金時代」において、ウィリアム・キッドや黒髭(エドワード・ティーチ)といった悪名高い海賊たちが跋扈した海域である。彼は翌日、二人の友人、**ジョン・スミス(John Smith)アンソニー・ヴォーン(Anthony Vaughan)**を連れて現場に戻った。この3人の若者こそが、その後200年以上続く狂騒のトリガーを引いた最初のチームである。

彼らは鍬とシャベルを手に、窪みを掘り始めた。

  • 地表〜4フィート(約1.2m): 土は柔らかく、かつて誰かが掘り返したことは明らかだった。
  • 10フィート(約3m): 彼らは最初の障壁に当たった。それは腐敗していない、整然と並べられた**「オークの丸太の層(Platform of logs)」**であった。丸太は坑道の壁にしっかりと食い込んでおり、足場として設置されたように見えた。

彼らは丸太を取り除き、さらに掘り進めた。土質は粘土質で、ピッケルの跡が残っていたと言われている。

  • 20フィート(約6m): 再び、オークの丸太の層が現れた。
  • 30フィート(約9m): 三度、丸太の層が現れた。

この時点で、彼らは確信を深めると同時に、若者たちだけの力では限界があることを悟った。30フィート(ビル3階分に相当)の深穴を手作業で掘り、土砂を運び出すのは重労働すぎる。しかも、穴はさらに深く続いているようだった。

彼らは「宝はすぐそこにある」と信じつつも、一旦作業を中断し、スポンサーや協力者を募ることにした。しかし、当時のノバスコシアの入植者たちは迷信深く、「あの島には不吉な光が見える」「悪魔が守っている」と恐れており、誰も手を貸そうとしなかった。

こうして、最初の穴は数年間、放置されることになる。この時、彼らはまだ知らなかった。自分たちが掘り当てたのが、単なる宝の隠し場所ではなく、計算し尽くされた「難攻不落の要塞」の入口であったことを。


【第2部】最初の組織的挑戦:オンズロー・カンパニーと深淵への階段(1803-1804)

シメオン・ラインズと本格的採掘の開始

若者たちの発見から約8年が経過した1803年(資料によっては1802年頃)、彼らの話に耳を傾ける有力者が現れた。ノバスコシア州オンズロー出身の富裕な実業家、**シメオン・ラインズ(Simeon Lynds)**である。

ラインズは、ジョン・スミスらの熱意と、整然と並べられた丸太の話に真実味を感じ、**「オンズロー・カンパニー(The Onslow Company)」**を結成。これがオーク・アイランド史上、最初の組織的なトレジャーハンティング企業である。 1804年、資金と労働力、そして専門的な機材を投入し、本格的な発掘が再開された。

規則的な「印」:90フィートまでの記録

オンズロー・カンパニーの作業員たちは、以前若者たちが断念した30フィート地点から掘り進めた。すると、驚くべき規則性が判明した。

  • 40フィート(約12m): 丸太の層。
  • 50フィート(約15m): 丸太の層。
  • 60フィート(約18m): 丸太の層。これに加え、大量の**「ココナッツの繊維(Coconut fiber)」**が発見される。

【重要証拠】ココナッツ繊維の謎 当時、19世紀初頭のカナダにおいて、ココナッツは全くの未知の植物ではないものの、自生などあり得ない熱帯の植物である。これらが腐敗を防ぐためのクッション材、あるいは梱包材として大量に地中深くに埋まっていた事実は、この遺構を作った人物が「南方から海を渡ってやってきた」ことを示唆する決定的な物的証拠となった。 近年の分析により、この繊維は放射性炭素年代測定でかなり古い時代(14世紀〜17世紀など諸説あり)のものであることが確認されている。

掘削は続く。

  • 70フィート(約21m): 丸太の層。
  • 80フィート(約24m): 丸太の層。

そして、それぞれの層の間や土壌からは、単なる土だけでなく、**木炭(Charcoal)船の防水用パテ(Ship’s putty)**が見つかった。これらは明らかに、何かを密封するため、あるいは湿気をコントロールするために人為的に持ち込まれたものだった。

90フィートの石板(The 90-foot Stone)

最大の発見は、深度90フィート(約27m)地点で訪れた。 作業員たちは、土の中から縦2フィート・横1フィートほどの大きさの、重い**オリーブ色の砂岩(Olive stone)**を掘り出した。

この石板の表面には、奇妙な記号・象形文字が刻まれていた。アルファベットではなく、幾何学的なラインとドットの組み合わせによる暗号文である。 この「90フィートの石板」こそが、マネー・ピット伝説を象徴する聖遺物の一つである。

後に、ハリファックスのダルハウジー大学の言語学教授とされるジェームズ・リエクティ(James Liechti)らによって解読が試みられ、1860年代には以下の有名な訳文が提唱された。

“Forty feet below two million pounds are buried” (40フィート下に、200万ポンドが埋まっている)

この解読が正しいかどうかは議論の余地がある(単純すぎる置換暗号であるため、詐欺師による捏造説もある)。しかし、当時の発掘隊にとって、これは「宝まであと少し」という確信を与えるには十分すぎた。彼らは歓喜し、勝利を確信した。

### 【余談コラム】消えた石板の行方

この「90フィートの石板」は、悲劇的な運命を辿った。発掘後、スミスの家の暖炉の装飾として使われたり、ハリファックスの製本屋で革を叩く台として使われたりしたという目撃証言があるが、1919年頃を最後に完全に行方不明となってしまった。 現在残っているのは、当時の拓本や模写に基づいたレプリカのみである。もし現物が残っていれば、現代の科学捜査で彫刻の年代や石の産地が特定でき、謎の解明に大きく近づいたはずである。

「悪魔の罠」の発動:日曜日の悪夢

石板発見の翌日は土曜の夜だった。作業員たちは「週明けには宝箱を引き上げられる」と確信し、90フィート地点で一旦作業を止め、泥を取り除いて休息に入った。穴の底は湿っていたが、水が溢れるほどではなかった。

日曜日(安息日)を挟んで月曜日の朝、彼らが現場に戻ると、衝撃的な光景が待っていた。

深さ90フィートあった穴の、60フィート地点までが海水で満たされていたのである。

彼らはパニックに陥った。桶を使って水を汲み出そうとしたが、汲んでも汲んでも水位は下がらない。水位は島の周囲の海面潮位と連動して上下しており、これは単なる地下水脈に当たったのではなく、海と繋がっていることを意味していた。

オンズロー・カンパニーは、隣に新しい穴(シャフト)を掘り、そこからトンネルを掘ってマネー・ピットの水を抜こうと試みた。彼らは110フィートまで掘り下げ、そこから横穴を掘ったが、逆にその新しい穴も浸水し、崩壊寸前となった。

資金は底をついた。1804年、オンズロー・カンパニーは「200万ポンド」を目前にしながら、水没した穴を残して解散を余儀なくされた。

これが、オーク・アイランドが人間に牙を剥いた最初の瞬間であった。彼らは知る由もなかったが、90フィートの石板を取り除いたこと、あるいはその深度まで掘り進めたことが、何らかの「栓」を抜き、水力工学的トラップを作動させる引き金になった可能性が高い。

(第3部へ続く)


第1部・第2部 参考文献

  • Harris, R.V. (1958). The Oak Island Mystery. Ryerson Press.
  • O’Connor, D’Arcy. (2004). The Secret Treasure of Oak Island: The Amazing True Story of a Centuries-Old Treasure Hunt. Lyons Press.
  • Learmonth, T. (1953). “The Oak Island Mystery”. The Digest.
  • Nova Scotia Archives. (Records pertaining to the Onslow Company and early land surveys).

【第3部】精巧なる水力工学:スミス・コーブと人工海岸の正体(1849-1850)

トゥルーロ・カンパニーの結成と新たな戦略

オンズロー・カンパニーの敗北から約45年が経過した1845年、再び野心家たちが集結した。ノバスコシア州トゥルーロの投資家らによって結成された**「トゥルーロ・カンパニー(The Truro Company)」**である。 彼らの戦略は明確だった。「水をどうにかしなければ、宝には届かない」。

1849年、彼らはマネー・ピットの再掘削を開始。86フィート(約26m)まで到達したが、やはり水位は上昇し、作業は中断を余儀なくされた。人力での排水は不可能と判断した彼らは、次の手段として**「コア・ボーリング(Pod Auger)」**による地質調査を選択した。これは、馬を動力源として回転させる長いドリルを穴の底にねじ込み、地下のサンプルを採取する方法である。

このボーリング調査こそが、マネー・ピットの地下構造に関する最も具体的かつ衝撃的なデータをもたらすこととなった。

地下98フィートの「多層構造物(Vault)」

1849年の夏、ジミー・ピットブラド(Jimmy Pitblado)を含む作業員たちが操作するドリルは、泥と水を突き抜け、深度98フィート(約30m)の地点で「何か硬いもの」に衝突した。 ドリルを引き上げて内容物を確認し、再び下ろす。この反復作業により、彼らは以下の驚くべき層状構造(ストラチグラフィ)を記録した。

  1. 98フィート(約30m): 厚さ5インチ(約13cm)のトウヒ(Spruce)のプラットフォーム。
  2. その直下: 高さ12インチ(約30cm)の「空洞(Headroom)」。ただしドリルは回転しており、何もない空間ではなく、バラバラのものが詰まっていた可能性がある。
  3. 100フィート付近: 厚さ4インチ(約10cm)のオーク材。
  4. その直下: 厚さ22インチ(約56cm)の**「バラバラの金属片(Loose metal)」**の層。ドリルがここを通過する際、ジャラジャラという金属音が響いたとされる。
  5. さらに下: 厚さ8インチ(約20cm)のオーク材。
  6. その直下: 厚さ22インチ(約56cm)の金属片の層。
  7. さらに下: 厚さ4インチ(約10cm)のオーク材。
  8. 最下部: 厚さ6インチ(約15cm)のトウヒ材。

このデータは、地下30メートル以深に、高さ約2メートル強の**「二重底を持つ木箱(Vault)」**、あるいは木材で仕切られた空間が存在し、その中に大量の金属——期待を込めて言えば金貨や延べ棒——が詰め込まれていることを示唆していた。

羊皮紙の断片と消えた証拠

ドリルを引き上げた際、先端の泥の中からごく小さな物体が発見された。それは木片ではなく、丸まった**羊皮紙(Parchment)**の切れ端だった。 大きさは豆粒ほどしかなかったが、そこにはペンとインクで書かれた文字の一部がはっきりと残っていた。

「vi」「ui」、あるいは**「wi」**と読める筆記体の文字。

これは、地下深くにあるのが自然堆積物ではなく、人間の書いた文書、あるいは記録を含む宝物であることを証明する決定的な物的証拠となった。 しかし、同時に疑惑も生まれた。作業員のジミー・ピットブラドが、ドリルから何か別のもの(黄金の物体とも言われる)をこっそりポケットに入れ、現場から立ち去ったという証言が残っているのだ。彼はその後、トゥルーロ・カンパニーを辞め、独自にスポンサーを探そうとしたが、その直後に謎の死を遂げている。

史上最大の発見:スミス・コーブの「人工海岸」

ボーリング調査で「宝の存在」を確信したトゥルーロ・カンパニーは、次に「水」の問題に取り組んだ。彼らは、ピット内の水位が潮の満ち引きと完全に連動していることに気づき、**「海水は海岸から地下トンネルを通って供給されている」**と推測した。

彼らはマネー・ピットから東へ約150メートル離れた**スミス・コーブ(Smith’s Cove)**へ向かった。干潮時、海岸の砂地から水が湧き出ている箇所を発見し、そこを掘り返した。 その結果、彼らは戦慄すべき古代の土木技術の全貌を目の当たりにする。

海岸の地下には、自然にはあり得ない**「人工的な濾過システム」**が構築されていたのである。

  1. ココナッツ繊維とアマモ(Eelgrass): 砂の下には、数トンにも及ぶ大量のココナッツ繊維と海草が敷き詰められていた。これは、海水の汚れや泥を取り除く「フィルター」の役割を果たしていた。
  2. 5本のフィンガー・ドレイン(Finger Drains): さらにその下、粘土質の岩盤の上に、浜辺から内陸に向かって扇状に広がる5本の石組みの排水路が発見された。これらは人が歩けるほどの大きさではないが、水を効率よく集めるための水路として機能していた。
  3. 一点への集約: 5本の排水路は、海岸近くの一点に集まり、そこから一本の太い地下トンネル(フラッド・トンネル)となって、マネー・ピットの方向へ伸びていた。

### 【余談コラム】ココナッツ繊維の輸送ロジック

1850年当時、ココナッツ繊維(コイア)は、船の積荷のクッション材として一般的だった。しかし、オーク・アイランドで発見された量は半端ではない。これを運び込むには、大型船での輸送が必要不可欠である。 地質学的な分析の結果、この石組み排水路は、潮の満ち引きを利用して、ピットの深度90フィート以上まで水を送り込む「サイフォン」あるいは「連通管」の原理を利用していたことが判明した。 誰かがこの穴を掘ろうとすると、ある深度を超えた瞬間に栓が抜け、海水が無限に流れ込む。この仕掛けを作るには、一度海岸をダムで堰き止め、排水路を設置し、再び埋め戻すという、現代でも数ヶ月を要する大規模工事が必要だったはずである。

トゥルーロ・カンパニーは、この排水路の合流点にダムを築いて海水を遮断しようとしたが、嵐による高波でダムは破壊された。 1850年、自然の猛威と精巧な罠の前に、彼らもまた解散を余儀なくされた。


【第4部】悲劇の連鎖:オーク・アイランド協会と最初の犠牲者(1861-1897)

オーク・アイランド協会と蒸気機関の導入

1861年、技術革新を背景に**「オーク・アイランド協会(The Oak Island Association)」が設立された。彼らは従来の馬力や人力に頼る方法を捨て、産業革命の象徴である蒸気ポンプ(Steam Pump)**と蒸気機関ボイラーを島に持ち込んだ。

「圧倒的なパワーで水を汲み出し、力尽くで底へ到達する」。それが彼らの計画だった。

崩落(The Collapse):宝は深淵へ

彼らはポンプをフル稼働させ、マネー・ピットの水を汲み出し続けた。水位は徐々に下がっていった。 しかし、その強引な排水が、ピット内の圧力バランスを崩壊させた。

ある日、地響きとともにマネー・ピットの底が抜け、大規模な崩落が発生した。 それまで整然と積み重なっていた丸太の層も、地下の「空洞(Vault)」も、すべてが泥水の中で崩れ落ち、さらに深い地下へと吸い込まれてしまったのである。 後に判明したところによると、マネー・ピットの地下には天然の空洞(ライムストーンの洞窟など)が存在する可能性があり、底が抜けたことで宝箱は掘削可能な深度を超えて落下したと推測されている。

最初の死者:ボイラー爆発事故

さらに悲劇は続く。1861年の秋、排水作業中にカスト・アイアン製のボイラーが異常加熱により爆発した。 熱湯と破片を浴びた一人の作業員が、重度の火傷を負い、苦悶の中で息を引き取った。 (※記録によっては、この事故で数名が負傷し、死者が出たのは後の1897年のメイナード・カイザーが最初とする説もあるが、このボイラー事故が「オーク・アイランドの呪い」の始まりとして語られることが多い。「7人が死ななければ宝は手に入らない」という伝説の、最初の1人目である)

オーク・アイランド・トレジャー・カンパニー(1893-)

1890年代に入ると、保険のセールスマンであったフレデリック・ブレア(Frederick Blair)を中心とした**「オーク・アイランド・トレジャー・カンパニー」**が結成された。 彼らの貢献は、より科学的なボーリング調査を行ったことにある。

1897年、彼らはマネー・ピットの少し横から新たな穴を掘り、地下の状況を探った。 ドリルは深度153フィート(約46m)で**「セメントのような硬い物質」**に突き当たった。 分析の結果、これは自然の岩盤ではなく、人工的なコンクリート(あるいは石灰モルタル)である可能性が高いとされた。 その層を突き破ると、再び木材、そして鉄の障壁に当たった。この深度150フィート以深こそが、崩落した宝箱の現在の在処だと考えられた。

羊皮紙の再発見と地質学者の警告

この時の調査でも、ドリルから「羊皮紙の小片」が見つかったと報告されている。 しかし、この頃から科学者たちによる懐疑的な意見も出始めた。地質学者たちは、「スミス・コーブの排水システムやフラッド・トンネルは、自然の地形(石灰岩の浸食による水脈)を誤認したものではないか?」と指摘し始めたのである。 だが、発見されたココナッツ繊維や加工された木材の存在は、その「自然説」では説明がつかないままだった。


【第5部】大統領の休日:フランクリン・ルーズベルトとオールド・ゴールド・サルベージ(1909-1930年代)

若き日のFDR、島へ

20世紀に入り、オーク・アイランドの謎はアメリカの富裕層の知るところとなった。 1909年、エンジニアのヘンリー・ボウドイン(Henry Bowdoin)が設立した**「オールド・ゴールド・サルベージ・グループ(The Old Gold Salvage and Wrecking Company)」**に、一人の若き弁護士が出資し、役員として名を連ねた。

彼の名は、フランクリン・デラノ・ルーズベルト(Franklin Delano Roosevelt)。後の第32代アメリカ合衆国大統領である。

当時27歳のルーズベルトは、冒険心に溢れていた。彼は実際にオーク・アイランドを訪れ、ボートを操り、発掘作業を見守り、時には自らも議論に参加した。彼は、友人への手紙の中でこの島の謎について熱っぽく語っている。 この1909年の調査では、ダイナマイトを用いた発破作業なども行われたが、決定的な成果は得られず、ルーズベルトも政治の世界へ戻っていった。 しかし、彼は大統領になった後も、1930年代後半に至るまで、オーク・アイランドのニュースを追い続け、発掘隊と手紙のやり取りをしていたことがアーカイブに残されている。

### 【余談コラム】大統領の空白の地図

FDRは、オーク・アイランドに関する資料や地図を個人的に収集していた。彼が大統領執務室(オーバル・オフィス)で、激務の合間にオーク・アイランドの地図を広げていたという逸話もある。彼にとってこの島は、政治的重圧から逃れられる唯一の「ロマンの世界」だったのかもしれない。もし彼がもっと長く生きていれば、アメリカ政府主導の調査が行われていた可能性すらある。

ギルバート・ヘッデンと工学的アプローチ

1928年、ニューヨークの鉄鋼王**ギルバート・ヘッデン(Gilbert Hedden)**が島に興味を持った。彼は記事を読み、島を訪れ、即座に大金を投じた。 ヘッデンはビジネスマンらしく、効率的かつ工学的なアプローチを取った。 彼はイギリスの技術コンサルティング会社に調査を依頼し、島全体の電気供給網を整備した。

ヘッデンの最大の功績は、**「ウィルキンスの地図」**と呼ばれる古地図との照合や、島の外部での文献調査を行ったことである。彼はキャプテン・キッド伝説とオーク・アイランドの地形の類似性を指摘し、著書も出版した。

弁護士メル・チャペルの執念

一方、長年島に関わり続けていたウィリアム・チャペルの息子、**メル・チャペル(Mel Chappell)**もまた、島の権利を取得し、人生のすべてを捧げていた。 1931年、チャペルらはマネー・ピットの南西に新しいシャフト(チャペル・シャフト)を掘削した。 深度127フィート(約38m)で、彼らは以下の重要な遺物を発見した。

  • アカディアンの斧(Acadian Axe): 17世紀から18世紀にかけてフランス系入植者が使っていたタイプの手斧。
  • アンカー(Anchor): 古い船の錨の一部。
  • 鉱夫のツルハシの跡: 明らかに古い時代に掘られた痕跡。

これらの発見は、「1795年の発見以前に、誰かが大規模な工事を行っていた」という事実を再確認させるものだった。しかし、決定的な「財宝」には、どうしても手が届かない。

水は依然として、彼らを嘲笑うかのように湧き出し続けていた。

(第6部へ続く)


第3部・第4部・第5部 参考文献

  • Blair, F. (Original correspondence and affidavits regarding the Truro Company and Oak Island Treasure Company).
  • Harris, R.V. (1958). The Oak Island Mystery. Ryerson Press.
  • Lamb, L. (2006). Oak Island Family: The Restall Hunt for Buried Treasure. Dundurn.
  • Roosevelt, F.D. (Letters and personal archives regarding Old Gold Salvage Group). Hyde Park Archives.
  • Doyon, P. (Geological reports on Oak Island subsurface structures).

【第6部】重機と月面:ロバート・ダンフィールドの大規模破壊(1965)

「外科手術」から「爆撃」へ

1965年、オーク・アイランドの歴史は劇的な転換点を迎えた。それまでのトレジャーハンターたちが、縦穴を掘り、横穴を通すという「外科手術」的なアプローチを取っていたのに対し、新たに登場した男は、島そのものをねじ伏せる「爆撃」のような手法を選んだのである。

その男の名は、ロバート・ダンフィールド(Robert Dunfield)。カリフォルニアの石油地質学者である。

彼は過去の失敗記録を読み解き、冷徹な結論を下した。「ちまちまと穴を掘っているから水に負けるのだ。現代の重機を使って、エリアごと掘り起こしてしまえばいい」。 彼は、この謎を解く鍵は考古学ではなく、重工業にあると信じていた。

コーズウェイ(土手道)の建設と70トンの怪物

ダンフィールドが最初に直面した問題は、島へどうやって巨大な重機を運ぶかだった。船では到底運べない。 そこで彼は、島と本土(クランドール・ポイント)の間の浅瀬を埋め立て、全長約200メートル(600フィート)の**コーズウェイ(土手道)**を建設するという離れ業をやってのけた。 (※現在も観光客やラギーナ兄弟たちが車で島に渡れるのは、この時ダンフィールドが道を作ったおかげである)

この道を通って、島に70トンの掘削用クレーンとブルドーザーが上陸した。 ダンフィールドはマネー・ピットの上に立ち、その巨大な爪を振り下ろした。彼は、マクギニスが見つけた窪みも、オンズロー・カンパニーのシャフトも、全てまとめて直径100フィート(約30m)、深さ140フィート(約43m)の巨大なすり鉢状の穴(オープン・ピット)に掘り返したのである。

歴史の破壊と得られたもの

この作業は、ある意味で「文化的破壊行為」でもあった。 重機による容赦ない掘削により、初期の探検家たちが残したシャフトの枠組み、目印、そして何より1795年当時の「オリジナルの地層」の手がかりが、すべて粉々に粉砕され、混ざり合ってしまったのである。

現場はもはや神秘的な森ではなく、クレーターが穿たれた月面のようになった。

しかし、この暴力的な掘削によって得られた地質学的データは貴重だった。

  1. 石灰岩(Limestone)と無水石膏(Anhydrite)の空洞: ダンフィールドは深度140フィート(約43m)まで掘り下げたが、水没は止まらなかった。調査の結果、地下深部には自然の石灰岩層があり、そこには多数の空洞(Cavities)が存在することが判明した。 これは、「宝箱が底なしの穴に落ちた」のではなく、「地下水脈が走る自然の空洞に落ち込んだ」あるいは「そもそもマネー・ピット自体が自然の陥没孔(シンクホール)を利用して作られた」可能性を示唆していた。
  2. 18世紀後半の陶磁器: 撹拌された土砂の中から、1700年代後半のものと思われる陶磁器の破片が発見された。これは、やはりこの場所で同時代に人間が活動していた証拠である。

結局、豪快な露天掘りも、湧き出る水の勢いには勝てなかった。雨と地下水で巨大なプールと化した穴を残し、ダンフィールドは資金難により撤退した。

### 【余談コラム】ダウジングへの傾倒

皮肉なことに、科学的な石油地質学者であったダンフィールドも、最終的にはオカルトに頼った形跡がある。彼は作業の後半、ダウジング(棒を使って地下の水脈や金属を探す占い)の結果を参考に掘削ポイントを決めていたという証言がある。オーク・アイランドの魔力は、科学者の理性をも狂わせるのである。


【第7部】レストールの悲劇とトリトンの台頭(1960年代後半~1970年代)

8月17日の悪夢:レストール家の悲劇

ダンフィールドが島を荒涼たる風景に変えていたのと同時期、別のエリア(スミス・コーブ周辺)で、慎ましくも情熱的に調査を続けていた一家がいた。 元オートバイのスタントマン、**ロバート・レストール(Robert Restall)**とその家族である。彼は妻と二人の息子と共に島に移り住み、6年間、コツコツとスミス・コーブの排水システムの解明に取り組んでいた。

1965年8月17日。この日はオーク・アイランドの歴史において最も暗い日として刻まれている。

ロバート・レストールは、スミス・コーブ近くに掘ったシャフトの中を覗き込み、何か異変を感じて中に落ちた(あるいは降りた)。 それを見た息子のボビー(Bobby)が助けようと飛び込み、彼もまた倒れた。 彼らを救助しようとした作業員のカール・グレーザー(Karl Graeser)とシリル・ヒルツ(Cyril Hiltz)も次々と穴に入り、二度と戻らなかった。

死者4名。

死因は硫化水素(Hydrogen Sulfide)ガスの中毒、あるいはポンプのエンジンから排出された一酸化炭素が穴の底に溜まったことによる酸欠とされている。 (※硫化水素は腐敗した有機物から発生する猛毒ガスで、卵が腐ったような臭いがするが、高濃度では瞬時に嗅覚を麻痺させ、意識を奪う)

伝説は残酷な形で成就しつつあった。「7人が死ななければ、宝は見つからない」。 1861年のボイラー事故の犠牲者、1897年のメイナード・カイザー、そして今回の4名。これで計6名の命が島に捧げられたことになる。

トリトン・アライアンスの結成

この悲劇の後、島の採掘権は新たな組織に統合された。 モントリオールの実業家**デビッド・トバイアス(David Tobias)と、アメリカの建設業者ダン・ブランケンシップ(Dan Blankenship)が手を組み、「トリトン・アライアンス(Triton Alliance)」**を結成したのである。

特にダン・ブランケンシップの執念は凄まじかった。彼は人生の全てをオーク・アイランドに捧げ、島の住人となり、90歳を超えて亡くなるまで、半世紀以上もこの謎と戦い続けた「オーク・アイランドの守護者」である。

ボアホール10X(Borehole 10X):深淵の映像

1971年、ブランケンシップは、ダウジングと地質調査に基づき、マネー・ピットから北東に180フィート(約55m)離れた地点に新たなボーリング調査を行った。これが伝説の**「ボアホール10X」**である。

深度230フィート(約70m)まで掘り進め、鋼鉄製のケーシング(パイプ)を通した。 そして、彼らはパイプの中にカメラを下ろし、地下空洞の撮影に成功した。 モニターに映し出された不鮮明な映像は、世界中のトレジャーハンターを戦慄させた。

ブランケンシップとトバイアスは、以下のものが映っていると主張した。

  1. 切断された人間の手(Severed hand): 手首から先が浮遊しているような物体。
  2. 死体(Corpse): 土砂に埋もれた人間の頭蓋骨のような影。
  3. 宝箱(Chest): 角ばった人工的な箱のような物体。
  4. 工具: ツルハシのようなもの。

### 【余談コラム】命がけのダイビング

映像だけでは確証が得られない。そう考えたダン・ブランケンシップは、驚くべき行動に出た。当時すでに50歳近かった彼は、直径わずか27インチ(約68cm)の鋼鉄製パイプの中を、簡易的な潜水装備だけで**深度235フィート(約72m)**の底まで降りていったのである。 彼は底の空洞で「人工的な洞窟」を見たと証言しているが、パイプが崩落し始め、命からがら引き上げられた。この深さは、プロのダイバーでも危険な領域であり、彼の狂気じみた勇気が伺える。

しかし、水は濁り、映像は粗く、第三者の専門家による分析では「岩や根の影がパレイドリア効果(心霊写真現象)で見えただけではないか」という意見が大勢を占めた。 それでもトリトン・アライアンスは、この地下230フィートの空洞にこそ答えがあると信じ、巨額の資金を投じ続けた。

だが、1980年代後半、株式市場の暴落(ブラックマンデー)やパートナー間の訴訟トラブルにより、トリトンの活動は停滞。島は再び長い沈黙の期間に入ることになる。

2006年、ある兄弟が島を訪れるまでは。

(第8部へ続く)


第6部・第7部 参考文献

  • Blankenship, D. (Personal archives and interview transcripts).
  • Dunfield, R. (1965). Geological Reports on Oak Island Excavation.
  • O’Connor, D’Arcy. (2004). The Secret Treasure of Oak Island. Lyons Press.
  • The History Channel. The Curse of Oak Island (Archive footage of 10X camera).
  • Sullivan, R. (2019). The Oak Island Encyclopedia.

【第8部】現代の科学調査:ラギーナ兄弟とヒストリーチャンネルの時代(2006-現在)

兄弟の約束:1965年のリーダーズ・ダイジェスト

2006年、オーク・アイランドの歴史は新たな章に入った。 ミシガン州出身の兄弟、**リック・ラギーナ(Rick Lagina)マーティ・ラギーナ(Marty Lagina)**が、ダン・ブランケンシップらから島の主要部分の所有権を買い取ったのである。

彼らの動機は、多くのトレジャーハンターたちと同様、少年時代の記憶にあった。 1965年1月号の『リーダーズ・ダイジェスト』誌に掲載されたオーク・アイランドの記事。当時11歳だったリックはこれに魅了され、弟のマーティに「いつかこの謎を解こう」と語った。 それから40年後、郵便局員を勤め上げたリックと、エネルギー事業で財を成したエンジニアのマーティは、その約束を果たすために島へやってきた。

彼らの活動は、全米で放送されるドキュメンタリー番組『The Curse of Oak Island(邦題:呪われた島 オーク・アイランドと財宝の謎)』として記録され、世界中で爆発的なヒットとなった。 これにより、彼らはかつてないほどの巨額の資金と、最新鋭の科学技術を島に投入することが可能になった。

最新テクノロジーが暴く「地下の真実」

ラギーナ兄弟のアプローチは、過去のどの探索者とも異なり、「多角的かつハイテク」である。彼らは無闇に掘る前に、徹底的な非破壊検査を行った。

  1. 地震波探査(Seismic Testing): ダイナマイトを爆発させて地下の反響を読み取ることで、地下構造の3Dマップを作成。これにより、マネー・ピット周辺の地下深くにおける岩盤の乱れや、崩落の跡(デブリ・フィールド)を可視化した。
  2. 高感度金属探知機(Metal Detecting): 「金属探知の魔術師」と呼ばれる専門家**ゲイリー・ドレイトン(Gary Drayton)**を招聘。彼は地表付近から数々の歴史的遺物を発見し、歴史の書き換えを迫る成果を上げた。
  3. 水質分析(Water Testing): ボアホールから採取した地下水の成分分析を行い、自然界の通常値を遥かに超える微量の金(Au)と銀(Ag)、および亜鉛が含まれていることを科学的に証明した。 これは、「地下のどこかに、金製品が水に浸かった状態で大量に存在する」という物理的証拠である。

決定的な発見物リスト

2010年代後半から現在にかけて、彼らのチームは歴史を揺るがす遺物を次々と発見している。

  • スペイン銅貨(Spanish Maravedi): 1652年の刻印がある銅貨。1795年の発見より140年も古い。
  • 鉛の十字架(Lead Cross): スミス・コーブの海岸で発見された最大のオーパーツ。 レーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析法(LA-ICP-MS)による同位体比分析の結果、この鉛は14世紀(1300年代)の南フランス産であることが判明した。 これはテンプル騎士団の活動地域および時期と一致しており、テンプル騎士団説を強力に後押しする物証となった。
  • 人間の骨(Human Bones): 地下深度160フィート(約49m)以深から、2人の異なる人間の骨片が発見された。 DNA鑑定の結果、1人はヨーロッパ系、もう1人は中東(Middle Eastern)にルーツを持つ人物と判明。なぜ、18世紀以前のカナダの地下深くに中東系の人物の骨があるのか? ミステリーは深まるばかりである。
  • ガーネットのブローチ: 16世紀~17世紀のものとされる、精巧な装飾が施された宝石(ローズ・ガーネット)付きのブローチ。

### 【余談コラム】ダン・ブランケンシップの最期

2019年、オーク・アイランドのレジェンド、ダン・ブランケンシップは95歳でこの世を去った。彼は死の直前までラギーナ兄弟にアドバイスを送り続けた。彼は結局、生きて宝を見ることはできなかったが、彼が残した膨大な資料と「ボアホール10X」への執念は、兄弟たちに確実に受け継がれている。「7人が死ななければ宝は見つからない」。ダンの死は自然死であり、呪いのカウントには含まれないとされるが、彼の魂は今も島を見守っている。


【第9部】解剖「フラッド・トンネル」:誰が、どのように作ったのか?

18世紀の土木技術と水密構造

オーク・アイランドの謎の核心は、やはり「水」である。 スミス・コーブからマネー・ピットまで、約150メートルもの距離を繋ぐ**「フラッド・トンネル(Flood Tunnel)」**。 この構造を工学的視点から解剖すると、当時の技術水準を超越した驚異的な設計が見えてくる。

「U字管」の原理と水圧トラップ

このトラップの巧妙な点は、単に水を流し込むだけではない点にある。 トンネルは、マネー・ピットの深度110フィート(約33m)付近に接続されているとされる。 海岸の取水口(スミス・コーブ)とマネー・ピットの高低差を利用し、**「連通管(サイフォン)」**の原理が働く。

  1. 通常時: ピット内部の空気圧と土壌の圧力により、水は一定の位置で止まっている。
  2. 掘削時: 掘削者が90フィート付近の「栓(密閉層)」——おそらく90フィートの石板やオーク材の層——を突き破り、空気抜きをしてしまうと、均衡が崩れる。
  3. 作動: 大気圧と水圧の差により、スミス・コーブからの海水が一気に逆流し、ピット内の水位を「潮位と同じ高さ」になるまで上昇させる。

これを止めるには、取水口を塞ぐしかないが、取水口は地下深くかつ海中にあるため、発見すら困難である。

建設プロセス:コッファーダム(仮締め切り)

このようなシステムを構築するには、以下のような高度な土木工事が必要だったはずである。

  1. コッファーダムの建設: まず、スミス・コーブの海岸線沖に、一時的な堤防(コッファーダム)を築き、海水をせき止めて海底を露出させる。 (※実際にラギーナ兄弟の調査で、1850年以前のものと思われるU字型の巨大な木造構造物が海岸の地中から発見された。これはダムの跡である可能性が高い)
  2. 掘削と敷設: 露出した海底を掘り下げ、5本のフィンガー・ドレインを石組みで構築する。
  3. フィルターの設置: 水路が泥で詰まらないよう、ココナッツ繊維とアマモ(Eelgrass)を大量に敷き詰める。これは現代のフィルター・ファブリックと同じ発想である。
  4. 埋め戻しとダムの撤去: 最後に土砂で埋め戻し、ダムを壊して海水を導入する。これにより、システムは完全に隠蔽される。

ココナッツ繊維の年代測定:歴史の書き換え

スミス・コーブから採取されたココナッツ繊維に対し、複数の研究機関で放射性炭素年代測定(C14)が行われた。 その結果、驚くべき年代が弾き出された。

西暦1260年 ~ 1400年

この年代は、コロンブスのアメリカ大陸到達(1492年)よりも前である。 もちろん、古い繊維を後世の人間が使った可能性もゼロではないが、ココナッツ繊維は有機物であり、数百年も保存しておくようなものではない。 このデータは、オーク・アイランドの工事が、定説よりもはるかに古い時代、あるいは我々の知らない歴史的グループによって行われた可能性を強く示唆している。


【第10部】埋蔵物の正体(前編):海賊とスペイン帝国

これほどの手間と技術、そして人命をかけて守られているものは一体何か? ここからは、有力視される「埋蔵物の正体」についての主要な説を検証する。

説1:キャプテン・キッドと海賊の財宝

【概要】 17世紀後半の伝説的な海賊ウィリアム・キッド(Captain Kidd)が、略奪した財宝を隠したという説。初期の探検家たちが最も信じていた説である。 キッドは処刑される直前、「私が隠した財宝は、一族を何代にもわたって養える額だ」と言い残したとされる。

【検証:可能性 低】

  • 肯定材料: キッドは実際にノバスコシア近海に出没していた。また、マクギニスたちが発見した時、滑車が吊るされていたという話は、海賊の隠し場所のイメージと合致する。
  • 否定材料: 海賊の目的は「略奪した金をすぐに使うこと」である。彼らにとって銀行代わりは砂浜の浅い穴で十分であり、水力工学を駆使した巨大地下要塞を作る技術も動機もない。また、これほどの工事には数ヶ月~数年かかるが、逃亡生活を送る海賊にそのような時間的余裕はなかった。

説2:スペイン帝国の失われた財宝船

【概要】 1762年、イギリス軍がキューバのハバナを攻略した際、あるいはスペインの財宝船団が嵐に遭った際、膨大な金銀財宝を積んだ船がオーク・アイランドまで逃げ延び、略奪を防ぐために隠したという説。

【検証:可能性 中】

  • 肯定材料: ラギーナ兄弟が発見した「1652年のスペイン銅貨」はこの説を補強する。また、スペイン軍には優れた工兵(エンジニア)が存在し、トンネル掘削や水路建設の技術を持っていた。
  • 否定材料: なぜカリブ海から遠く離れたカナダの孤島を選んだのか? また、スペイン王室の記録に、これほど大規模な輸送や隠匿の記録が残っていないのが不自然である。

説3:マリー・アントワネットの宝石

【概要】 フランス革命(1789年)の際、マリー・アントワネットの侍女が、王妃の宝石や貴重品を持ち出し、フランス海軍の協力のもと、安全な場所(当時のフランス領に近いカナダ)へ隠したという説。 FDR(ルーズベルト大統領)もこの説に興味を持っていたとされる。

【検証:可能性 低~中】

  • 肯定材料: 革命の混乱期、王室の財産が行方不明になったのは事実である。
  • 否定材料: 1795年の発見時点で、すでに穴の上の木は滑車の跡がつくほど古くなっていた。1789年から1795年までの数年間で、そこまで地形が変化し、地元の伝説になるだろうか? 時間軸が少し合わない。

### 【余談コラム】スワンプ(三角地帯の沼)の謎

オーク・アイランドには、マネー・ピットと並んで謎めいた場所がある。それが**「スワンプ(The Swamp)」と呼ばれる三角形の沼地だ。 近年の調査で、この沼の底に「船の形をした異常(Anomaly)」がレーダーで確認された。また、沼の周囲には人工的な石垣(Stone wharf)が存在する。 有力な仮説として、「スワンプはかつて海と繋がっており、財宝を積んだ船をそこへ引き入れ、沼を埋め立てて船ごと隠したのではないか?」**という説がある。つまり、宝はピットの中ではなく、沼の泥の中に眠るガレオン船そのものかもしれないのだ。

(第11部へ続く)


第8部・第9部・第10部 参考文献

  • Sullivan, R. (2019). The Oak Island Encyclopedia. Hammerson Peters.
  • The History Channel. The Curse of Oak Island (Seasons 1-10 Findings Reports).
  • Drayton, G. (Find reports on Spanish Maravedi and Lead Cross).
  • Spooner, I. (Dr. Ian Spooner’s hydrogeological reports and water testing data).
  • Leshikar-Denton, M.E. (Concept of Spanish engineering and shipwrecks).

【第11部】埋蔵物の正体(後編):テンプル騎士団、フリーメイソン、フランシス・ベーコン

「海賊の隠し財宝」という説が、物理的な金銀への欲望だとすれば、ここで紹介する説は、人類の歴史そのものを覆すかもしれない「知と信仰」のミステリーである。 近年、科学的調査が進むにつれ、単なる海賊の仕業にしてはあまりにも土木技術が高度すぎること、そして放射性炭素年代測定が示す年代が古すぎること(14世紀〜17世紀)から、より強大な組織の関与を疑う声が強まっている。

説4:テンプル騎士団と聖杯伝説

【概要】 中世ヨーロッパで絶大な権力と富を誇り、1307年10月13日(13日の金曜日)にフランス王フィリップ4世によって一斉検挙・弾圧された「テンプル騎士団(Knights Templar)」。 彼らは処刑される直前、パリのタンプル塔から莫大な資産と「聖遺物」を持ち出し、行方をくらませたと言われている。 その逃亡先がスコットランドを経て、大西洋を渡った先の「新天地(ノバスコシア)」だったという説である。

【検証:可能性 中~高】 この説は長らく荒唐無稽とされてきたが、近年の発見が状況を一変させた。

  • スミス・コーブの鉛の十字架(Lead Cross): 前述の通り、ラギーナ兄弟が発見した鉛の十字架は、科学分析により**「14世紀・南フランス産」**であることが確定している。これはテンプル騎士団が弾圧された時期・場所と完全に一致する。
  • 高度な石工・土木技術: テンプル騎士団は、要塞建築や銀行システムの先駆者であり、地下トンネルや水利システムを構築する高いエンジニアリング能力を持っていた。マネー・ピットの「フラッド・トンネル」の構造は、彼らの技術力と符合する。
  • 埋蔵物の正体: もし彼らが関与しているなら、埋まっているのは金貨だけではない。キリストの**「聖杯(Holy Grail)」、あるいはソロモンの神殿から持ち出された「契約の箱(Ark of the Covenant)」**、イエスの血統を示す文書など、世界を揺るがす聖遺物が眠っている可能性がある。

説5:フランシス・ベーコンとシェイクスピア原稿

【概要】 16世紀〜17世紀の哲学者・政治家であり、「知は力なり」の言葉で知られるフランシス・ベーコン(Francis Bacon)。 彼こそがウィリアム・シェイクスピアの作品の真の作者であり、エリザベス1世の隠し子であるという自らの出自を証明する文書や、未発表の原稿を、水銀保存技術を使ってオーク・アイランドの地下に隠したという説。

【検証:可能性 中】

  • 水銀(Mercury)の痕跡: マネー・ピット周辺の土壌や地下水から、自然界ではあり得ない濃度の水銀が検出されている。ベーコンの時代、水銀は文書を腐敗から守るための保存料として使われていた。
  • 羊皮紙片: 初期のボーリング調査で見つかった羊皮紙片(”vi”, “ui”の文字)は、書物の一部であることを示唆している。
  • 暗号への傾倒: ベーコンは暗号技術の大家でもあった。「90フィートの石板」の暗号や、島の幾何学的配置(後述)は、彼の知的遊戯を彷彿とさせる。

説6:フリーメイソンと「ノーランの十字架」

【概要】 テンプル騎士団の精神的後継とも言われる友愛団体「フリーメイソン」。 オーク・アイランドの発見年である1795年は、北米におけるフリーメイソンの活動が活発化した時期と重なる。ジョージ・ワシントンやベンジャミン・フランクリンなど、建国の父たちの多くがメイソンであったように、何らかの「国家レベルの秘密」、あるいは「ニュー・アトランティス(理想郷)」建設のための資金を隠したという説。

【ノーランの十字架(Nolan’s Cross)】 1970年代、測量技師のフレッド・ノーラン(Fred Nolan)は、島内の巨石の配置を徹底的に調査した。 その結果、彼は島の沼地(スワンプ)の近くにある巨大な岩が、完璧な「キリスト教の十字架(ラテン十字)」、あるいはカバラの「生命の樹」の形に配置されていることを発見した。

これらの巨石(コーン・ストーン)は、数トンの重さがあり、自然に並んだとは考えにくい。 この十字架の中心と、マネー・ピット、そしてスミス・コーブの位置関係には幾何学的な法則性があり、これを読み解くことで「真の入口」が見つかるとされている。

### 【余談コラム】ゼナ・ハルペーンの地図

近年、ニューヨークの研究家ゼナ・ハルペーン(Zena Halpern)が所有していた「古地図」が注目を集めた。この地図にはオーク・アイランドの詳細な地形と共に、フランス語で「La Formule(数式・定石)」、「ハッチ(入口)」、「バルブ(弁)」といった工学的用語が記されていた。 最も衝撃的だったのは、地図の余白に**「1347」**という年号が書かれていたことだ。この地図の信憑性には賛否あるが、もし本物であれば、やはり14世紀のテンプル騎士団説が濃厚となる。


【第12部】結論:終わらないパズルと人類の夢

冷徹な視点:自然陥没説(シンクホール説)

ここで一度、ロマンを排して科学的・地質学的な「懐疑派」の意見にも耳を傾ける必要がある。 多くの地質学者は、マネー・ピット現象は**「自然のいたずら」**であると指摘している。

  1. 石灰岩と無水石膏の溶解: オーク・アイランドの地下は、水に溶けやすい無水石膏と石灰岩の層で構成されている。地下水がこれらを侵食し、自然の空洞(洞窟)を作る。
  2. シンクホールの形成: 空洞の天井が崩落すると、地表に円形の窪み(シンクホール)ができる。マクギニスが見た「人工的な窪み」は、実はこれだったのではないか?
  3. 丸太と漂流物: 嵐の際、倒木や流木がシンクホールに落ち込み、泥と一緒に堆積して「丸太の層」のように見えただけではないか?
  4. フラッド・トンネルの正体: スミス・コーブから流入する海水は、人工トンネルではなく、自然の断層や亀裂を通っているだけではないか?

この説は非常に合理的であり、多くの「説明がつかない現象」を解決できる。 しかし、この説では説明できない**「決定的な証拠」**が残る。

  • 地中深くから見つかった**「加工された木材(製材された跡がある)」**。
  • 大量の**「ココナッツ繊維」**(カナダには自生せず、自然漂着では説明がつかない量)。
  • 「14世紀の鉛の十字架」や「スペイン銅貨」、**「羊皮紙」**などの人工遺物。
  • 地下60メートル以深で見つかった**「人間の骨」**。

これらは、自然現象だけでは絶対に生成されない。 ゆえに、結論として**「自然の洞窟構造を利用し、人間が手を加えて作った要塞」**という折衷案(ハイブリッド説)が、現在のところ最も真実に近いと考えられている。

なぜ、人は200年以上も穴を掘り続けるのか

オーク・アイランドの「マネー・ピット」は、単なる宝探しの場所ではない。 それは、人間の知恵、欲望、そして忍耐を試す巨大な実験場である。

  • 1795年: 3人の若者が夢を見た。
  • 19世紀: 企業が挑み、水に敗れた。
  • 20世紀: 重機が島を蹂躙し、カメラが深淵を覗いた。
  • 21世紀: 科学が歴史を書き換えつつある。

6人の命が失われ、数千万ドル以上の資金が泥の中に消えた。 経済合理性だけで言えば、このプロジェクトはとっくに破綻している。 それでも、リックとマーティのラギーナ兄弟をはじめとする探求者たちが手を止めないのはなぜか。

それは、そこに**「答え」**があるからだ。 誰が、いつ、何のために、これほど精巧なシステムを作り上げたのか? その答えを知ることは、北米大陸の歴史、ひいては人類史の空白を埋めることに他ならない。

現在も、オーク・アイランドでは掘削が続いている。 毎年夏が来るたびに、新たな証拠が見つかり、我々を驚かせる。 「90フィートの石板」が予言した通り、いつか誰かが最後の層を突き破り、深淵の底にある真実を手にする日が来るだろう。 あるいは、島はその秘密を永遠に抱いたまま、人間を嘲笑い続けるのだろうか。

謎は、まだ解かれていない。


【主要参考文献一覧】

本記事の執筆にあたり、以下の文献、記録、調査報告書を参照した。

書籍・論文

  • Harris, R.V. (1958). The Oak Island Mystery. Ryerson Press. (初期の歴史に関する基本文献)
  • O’Connor, D’Arcy. (2004). The Secret Treasure of Oak Island: The Amazing True Story of a Centuries-Old Treasure Hunt. Lyons Press. (最も包括的なノンフィクション)
  • Sullivan, Randall. (2019). The Curse of Oak Island: The Story of the World’s Longest Treasure Hunt. Atlantic Monthly Press. (ラギーナ兄弟の活動を含む最新の記録)
  • Lamb, Lee. (2006). Oak Island Family: The Restall Hunt for Buried Treasure. Dundurn. (レストール家の悲劇に関する記録)
  • Sora, Steven. (1999). The Lost Treasure of the Knights Templar: Solving the Oak Island Mystery. Destiny Books. (テンプル騎士団説の提唱)

アーカイブ・一次資料

  • Nova Scotia Archives (Halifax). Oak Island Treasure Company Records (1893-1945).
  • Dunfield, Robert. Geological Field Reports on Oak Island (1965).
  • Blankenship, Dan. Personal Correspondence and Logbooks (1960s-2010s).
  • Spooner, Ian (Dr.). Hydrogeological and Water Chemistry Reports (2018-2023). (番組内で公開された科学データ)

映像資料

  • The History Channel. The Curse of Oak Island (Seasons 1-11). Prometheus Entertainment.

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