暗闇で燃える青いろうそくの炎

メアリー・リーサー事件

1951年の朝、ドアノブは熱く、椅子のあった場所だけが灰になっていた。部屋はほとんど燃えていなかった。

Dietmar Rabich / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

事件の概要

1951年7月2日の朝、米国フロリダ州セントピーターズバーグのアパートで、67歳のメアリー・リーサーが椅子ごと焼けているのが見つかった。残っていたのは、スリッパをはいた左足の一部と、頭骨と背骨の一部だけだった。それなのに、部屋そのものはほとんど燃えていなかった。新聞はこの死を「人体発火」の例として書き立てたが、FBIは、睡眠薬を飲んだ彼女がたばこの火を寝間着に落とし、体の脂肪が燃え続けたと結論した。人間が「ろうそく」のように燃えるというこの説明は、いまも人体発火の中心的な答えになっている。

この事件の三つの謎

  1. 体が灰になるほど燃えたのに、なぜ部屋は燃えなかったのか
  2. 火は、どこから来たのか
  3. 骨まで崩れるほどの熱は、どうやって生まれたのか
発生
1951年7月2日の未明から朝(発見は午前8時ごろ)
場所
米国フロリダ州セントピーターズバーグ、チェリー通り北東1200番地のアパート
関係者
メアリー・ハーディ・リーサー(67歳)、家主パンジー・カーペンター、息子で医師のリチャード
状態
左足の一部、頭骨と背骨の一部のみが残る。FBIは寝たばこと「芯効果」と結論

確定している事実

発見の時刻、残っていたもの、部屋の状態。争いのない記録だけを先に並べる。

1951年7月2日の午前8時ごろ、家主のパンジー・カーペンターが電報を届けに行くと、リーサーの部屋のドアノブが熱くなっていた。近くで仕事をしていた塗装工たちが部屋に入ると、椅子のあった場所に、焼けた体の一部と灰だけが残っていた。

残っていたのは、黒いサテンのスリッパをはいたままの左足の一部と、頭骨と背骨の一部だった。体重は約77キロ(170ポンド)あった。壁は床から約1.2メートル(4フィート)より上がすすで黒くなっていたが、その下はほとんど傷んでいなかった。

セントピーターズバーグの歩道に並ぶ緑のベンチと、座る人びとを描いた絵はがき
20世紀半ばごろのセントピーターズバーグの絵はがき。緑色のベンチは、年金暮らしの人が多いこの町の名物だった / 作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
日時
1951年7月2日、発見は午前8時ごろ
場所
セントピーターズバーグ、チェリー通り北東1200番地
残ったもの
スリッパをはいた左足の一部、頭骨と背骨の一部
部屋
床から約1.2メートルより上だけが、すすで黒い

1951年7月1日の夜から

最後に会った人の話から、FBIの結論まで。

  1. 7月1日 午後8時ごろ息子リチャードの証言
    最後の面会寝間着姿のリーサーは、睡眠薬(セコナール)を2錠飲み、寝る前にさらに2錠飲むと話した。たばこを吸っていた。
  2. 7月2日 午前4時20分現場の記録
    電気時計が止まる二つの寝台の間にあった電気時計が、この時刻で止まっていた。
  3. 7月2日 午前8時ごろ家主の証言
    熱いドアノブ家主が電報を届けに来て、ドアノブの熱さに気づく。塗装工たちが部屋に入る。
  4. 7月7日警察の記録
    証拠をFBIへ警察署長J・R・ライカートが、ガラス片、歯とみられる小片、カーペットの一部、残った靴をFBIのフーヴァー長官あてに送る。
  5. その後FBIの報告
    寝たばこと芯効果眠りこんだ彼女のたばこが寝間着に燃え移り、体の脂肪が燃え続けたと結論する。
頭骨が「ティーカップほどに縮んでいた」という話がよく引かれるが、これは当時の話として伝わるもので、火災の研究者からは疑問が出ている。確かな記録として扱わない。
商店街の前の緑のベンチと車が並ぶセントピーターズバーグの絵はがき
「緑のベンチで」と題された1940年代ごろの絵はがき。リーサーが暮らしたのは、こうした陽気な町だった / 作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン

ここから謎になる

体はほぼ消えたのに、そばの物は残った。

部屋の中では、奇妙な残り方をした物がいくつもあった。電灯のスイッチの板は溶けていたのに、コンセントの板は無事だった。棚の上のろうそくは溶けていたが、芯はまっすぐ立ったまま残っていた。熱は部屋の上のほうにこもり、下にはあまり届かなかったことになる。

ろうが溶けて垂れたろうそくの炎
参考:溶けて垂れたろうそく(事件の現場写真ではない) / Upcomingphotographerscorner / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0

溶けたろうそく

棚のろうそくは溶けたが、芯は立ったまま。高い所ほど熱かった。

木のホルダーに差した火のついたたばこ
参考:火のついたたばこ(事件の現場写真ではない) / UnifiedFunctionality / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

たばこと睡眠薬

前夜、睡眠薬を飲み、たばこを吸っていたと息子が話している。

20世紀半ばの米国製の置き型電気時計
参考:20世紀半ばの米国製の電気時計(事件の時計ではない) / Infrogmation of New Orleans / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

止まった電気時計

時計は午前4時20分で止まっていた。熱で壊れたとすれば、そのころ火が強かったことになる。

机の前の椅子に座るFBI長官J・エドガー・フーヴァー

J・エドガー・フーヴァー

FBI長官

セントピーターズバーグ警察から証拠を受け取った。FBIは超常現象ではなく、寝たばこと体の脂肪による燃焼と答えた。

1858年のチャールズ・ディケンズの肖像画

チャールズ・ディケンズ

英国の作家

1852〜53年の小説『荒涼館』で、登場人物が体の内から燃えて死ぬ場面を書き、人体発火の考えを世に広めた。

骨を見た人類学者

FBIの説明に、すぐに納得しなかった専門家がいた。

事件のとき近くのブレイデントンに滞在していた、ペンシルヴェニア大学の形質人類学者ウィルトン・M・クログマンは、この火は焼けた範囲に比べて体を壊しすぎていると考えた。彼は「アパートそのものがもっと燃えずに、これほど完全に火葬されることは考えられない」と書き残している(英文からの訳)。

一方、息子のリチャードは、1991年に81歳でインタビューに答え、FBIの説明を受け入れていると語った。母は扇風機を2台つけた安楽椅子に座り、寝間着だけでガウンは着ていなかったという。

『荒涼館』の挿絵。煙の立ちこめる部屋を二人の男が明かりで照らす
『荒涼館』の挿絵「定めの時」(1852〜53年)。燃え尽きた人物の跡を、二人が明かりで照らす / Hablot Knight Browne (“Phiz”) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
火は内側から出たのではない。小さな火が、体を燃料にして燃え続けた。
小さな陶器の器の中で燃えるろうそく

人間ろうそく

衣服が芯になり、溶けた脂肪がろうになる。炎は低く、何時間も消えない。

参考:小さな器の中で燃えるろうそくの炎 / Andy / Andrew Fogg from near Cambridge, UK / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

検査と実験

芯効果は、実験で確かめられている。

リーサーの記録と、1998年の豚を使った燃焼実験

77kgリーサーの体重(170ポンド)
1.2mすすが付いた高さの下限(4フィート)
7時間1998年の実験で、豚が燃え続けた時間

1998年、カリフォルニア犯罪学研究所のジョン・デハーンは、英国BBCの科学番組『QED』のために、毛布で包んだ豚の死体を家具のある部屋に置き、少量のガソリンとマッチで毛布に火をつけた。豚は低い炎で燃え続け、7時間後に人の手で消された。部屋の上のほうの熱でテレビは溶けたが、まわりの物の被害は小さかった。

説の対決

どの説が、どの事実を説明できて、どの事実に負けるか。

01

寝たばこと芯効果

説明できる

睡眠薬とたばこの証言、低い位置の焼け残り、高い所だけのすす、長時間の燃焼を実験と合わせて説明できる

説明できない

火のついた瞬間を見た人はいない。たばこそのものは現場で確かめられていない

02

体内のアセトンによる着火

説明できる

飢えや糖尿病などで体にできるアセトンが燃えやすい、という化学的な事実

説明できない

体内の量で人が自然に火をふく仕組みは示されていない。外から火がつく説明を置きかえられない

03

体の内側から自然に燃えた

説明できる

火元がはっきりしない、という現場の印象

説明できない

燃焼には熱・酸素・燃料が要る。人の体が火元なしで燃え出す現象は、実験でも観察でも確かめられていない

編集部の考察

確認事実:1951年7月2日、リーサーの体はほぼ焼け尽き、部屋の被害は低い位置ほど小さかった。前夜、睡眠薬とたばこを使っていたことを息子が証言している。

推論材料:息子と家主の証言、現場の状態の記録、警察からFBIへの証拠送付とFBIの報告、クログマンの意見、1998年の燃焼実験。

考察:寝間着にたばこの火が移り、眠りこんで動けないまま、脂肪が芯のように燃え続けたとみるのが、残り方とすすの高さの両方に最も合う。

弱点・反証:着火の瞬間は誰も見ておらず、骨がどこまで崩れたかの正確な記録も乏しい。芯効果でこれほどの破壊が起きない条件が示されれば、この見方は揺らぐ。

まだ解けていない問い

  • 1

    体が灰になるほど燃えたのに、なぜ部屋は燃えなかったのか

    炎が低く長く燃え、熱が部屋の上のほうにこもったためと説明できる。床に近い物ほど残ったことと合う。

  • 2

    火は、どこから来たのか

    寝たばこが最も有力だが、現場で火元そのものは確かめられていない。

  • 3

    骨まで崩れるほどの熱は、どうやって生まれたのか

    何時間も燃え続ければ骨はもろくなり、崩れる。実験で近い状態は再現されているが、リーサーの場合の燃えた時間は正確には分からない。

セントピーターズバーグの2階建ての下宿屋を写した古い絵はがき

部屋を焼きつくす大火ではなかった。小さな火が、朝まで消えなかった。

熱いドアノブは、その長い夜の終わりだった。

作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン

写真・資料クレジット

暗闇で燃える青いろうそくの炎

Dietmar Rabich / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

セントピーターズバーグの歩道に並ぶ緑のベンチと、座る人びとを描いた絵はがき

作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

商店街の前の緑のベンチと車が並ぶセントピーターズバーグの絵はがき

作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

ろうが溶けて垂れたろうそくの炎

Upcomingphotographerscorner / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

木のホルダーに差した火のついたたばこ

UnifiedFunctionality / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

20世紀半ばの米国製の置き型電気時計

Infrogmation of New Orleans / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

机の前の椅子に座るFBI長官J・エドガー・フーヴァー

米国政府(米国国立公文書館 所蔵) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

1858年のチャールズ・ディケンズの肖像画

Charles Baugniet / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

『荒涼館』の挿絵。煙の立ちこめる部屋を二人の男が明かりで照らす

Hablot Knight Browne (“Phiz”) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

小さな陶器の器の中で燃えるろうそく

Andy / Andrew Fogg from near Cambridge, UK / Wikimedia Commons / CC BY 2.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

セントピーターズバーグの2階建ての下宿屋を写した古い絵はがき

作者不詳(絵はがき) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

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この記事を書いた人

世界の謎と不思議について、公開資料、研究論文、公文書、博物館資料、当時報道を読み比べ、記事の企画から公開後の訂正まで担当しています。 個人運営で、記事の企画、調査、執筆、画像確認、訂正・更新を担当しています。

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