南の深海から届いた巨大な声、海の怪音ブループの謎

1997年、南太平洋の深い海を、得体の知れない低い音が駆け抜けた。数千キロも離れた海底のマイクが、そろってその声を聞いた。人々はそれを「ブループ」と呼んだ。

南極ロス海のケープ・アデア沖に浮かぶ巨大な氷山

owamux / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

海の怪音ブループとは

ブループは、1997年に南太平洋の海中で記録された、とてつもなく大きな低い音だ。海底火山の音を聞くためにアメリカ海洋大気庁(NOAA)が沈めておいた水中マイクが、3000キロ以上も離れた場所で、同じ音を何度もとらえた。音は1分ほどかけて高く上がっていき、まるで巨大な生き物の声のようにも聞こえた。クジラよりはるかに大きな未知の怪物か、小説に描かれた海底都市ルルイエに眠る神の声か。のちにNOAAは、南極の氷が割れる音だと説明した。それでも、地球で最も人から遠い海で鳴ったあの声は、今も人々の想像をかき立てている。

ブループの三つの謎

  1. あの巨大な音を出したのは、何だったのか
  2. なぜ、数千キロ先まで声が届いたのか
  3. 南の海の底には、まだ知られていない何かがいるのか
年
1997年
場所
南太平洋。南緯50度・西経100度付近と推定
観測
NOAAが赤道太平洋に沈めた水中マイクの網
距離
3000キロ以上離れたマイクで、くり返し記録

南の海の底から、声が届いた

1997年の夏。太平洋の深い海の中に、人間の耳がいくつも沈められていた。アメリカ海洋大気庁、NOAAの水中マイク、ハイドロフォンだ。海底の火山が噴火したり、地震が起きたりするときの音を、何年も休まず聞き続けるためのものだった。

ある日、マイクたちがそろって奇妙な音をとらえた。低く、重く、海の底からせり上がってくるような音。1分ほどかけて、音はぐんぐん高くなっていった。まるで巨大な何かが、海の底で息を吸い込み、吠えたかのように。

荒れる南の大洋を進む調査船の船首
荒れる南の大洋を進む調査船の船首。南太平洋の南の海は、人の目がほとんど届かない世界だ。オーストラリア運輸安全局(ATSB)、撮影 Chris Beerens(オーストラリア海軍) / Wikimedia Commons / CC BY 4.0画像を拡大

驚くべきは、その大きさだった。音をとらえたマイクどうしは、3000キロ以上も離れていた。東京からフィリピンのマニラまでほどの距離だ。音は一度きりで終わらず、何度も記録された。研究者たちは、届いた時刻のずれから、音の生まれた場所をおおまかに割り出した。南緯50度、西経100度のあたり。南アメリカの南端から西へ遠く離れた、何もない海のまん中だった。

公開された録音は、もとの音を16倍の速さで再生したものだ。そのままでは低すぎて、人の耳にはほとんど聞こえないからだ。早回しにされた音は、ポコッと泡がはじけるようにも、生き物がうなるようにも聞こえた。人々は、その響きから「ブループ」と名づけた。

クジラよりも大きな声の持ち主

海には、地球でいちばん大きな声を出す生き物がいる。シロナガスクジラやザトウクジラだ。彼らの低い歌声は、海の中を何百キロも伝わっていく。ところがブループは、そのクジラたちの声を軽々と超えていた。

海の中を泳ぐザトウクジラ
海の中を泳ぐザトウクジラ。クジラの低い声は、海の中を遠くまで伝わる。NOAA(米国海洋大気庁) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン画像を拡大

NOAAで海の音を研究していたクリストファー・フォックスは、2002年に、この音は地球上のどんな動物の声よりもはるかに強いと語った。だからこそ、音の正体は謎なのだと。

では、何がこれほどの声を出したのか。うわさは一気に広がった。誰も見たことのない巨大なイカだろうか。深海に生き残った、まだ知られていない巨大な海の生き物かもしれない。人類が調べ尽くした海は、全体のほんの一部にすぎない。南の深い海の底に、クジラよりも大きな何かが潜んでいても、おかしくはないのではないか。

NOAAによれば、はじめに候補に挙がったのは、軍の演習、船のエンジン、漁船の巻き上げ機、巨大なイカ、クジラ、そしてまだ知られていない海の生き物だった。人類が調べた海は、全体のわずか5パーセントほど。残りの95パーセントは、まだ誰の目にも触れていない。

ルルイエの近くで鳴った声

ブループの話を聞いて、ある小説を思い出した人たちがいる。1928年、アメリカの怪奇小説家H・P・ラヴクラフトが発表した『クトゥルフの呼び声』だ。物語では、南太平洋の海の底に、太古の神クトゥルフが眠る都市ルルイエが沈んでいる。

『クトゥルフの呼び声』が載った雑誌『ウィアード・テイルズ』1928年2月号
『クトゥルフの呼び声』が初めて載った雑誌『ウィアード・テイルズ』1928年2月号の表紙。C. C. Senf / Wikimedia Commons / パブリックドメイン画像を拡大

物語の中で、航海士グスタフ・ヨハンセンらの船は、南太平洋で海図にない島に行き当たる。それが、巨大な石の建物が奇妙な角度で積み重なる死の都ルルイエだった。船乗りたちは扉を開けてしまい、眠っていたクトゥルフが目を覚ます。仲間は次々に倒れ、ヨハンセンは船ごと怪物にぶつかって、かろうじて逃げ延びた。けれど怪物の傷は、すぐにふさがっていったという。

ルルイエの館にて、死せるクトゥルフは夢見るままに待ちいたり。
— H・P・ラヴクラフト『クトゥルフの呼び声』(1928年)より、信者たちが唱える言葉(英語から訳出)

ラヴクラフトは、ルルイエの位置を小説の中ではっきり書いていた。南緯47度9分、西経126度43分。そして、ブループの音が生まれたと推定された南緯50度、西経100度との距離は、およそ2000キロ。広い太平洋から見れば、すぐ隣と言っていい。

ラヴクラフト自身が描いたクトゥルフのスケッチ(1934年)
ラヴクラフト自身が描いたクトゥルフのスケッチ(1934年)。タコのような頭と翼を持つ姿で描かれている。H. P. Lovecraft / Wikimedia Commons / パブリックドメイン画像を拡大

眠れる神が、海の底で寝返りを打ったのかもしれない。冗談まじりのうわさは、インターネットを駆けめぐった。ブループは、怪奇小説ファンにとって「クトゥルフの声」になった。

偶然は、もうひとつある。ルルイエのすぐそばには、地球上で陸から最も遠い海の一点、ポイント・ネモがある。いちばん近い陸地まで、どの方角へも約2688キロ。あたりには船も飛行機も通らず、ときには頭上を飛ぶ国際宇宙ステーションの飛行士たちが、いちばん近くにいる人間になる。役目を終えた人工衛星が落とされる「宇宙船の墓場」でもある。この点が計算で見つかったのは、ラヴクラフトが小説を書いた66年も後のことだった。

南太平洋に描かれた、小説の海底都市ルルイエの位置(ラヴクラフトとダーレス)と、陸から最も遠い点ポイント・ネモ
南太平洋に記された、小説の海底都市ルルイエの位置(ラヴクラフトの設定と、作家ダーレスの設定)と、陸から最も遠い点ポイント・ネモ。Nojhan / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0画像を拡大

海の底の耳は、なぜ遠い声を聞けたのか

数千キロ先の音が聞こえる。それは、声の主がとてつもなく大きいことを意味するのだろうか。答えの一部は、海そのものにある。

船から海へ下ろされる水中マイク(ハイドロフォン)
船から海へ下ろされる水中マイク(ハイドロフォン)。海の中の小さな圧力の変化を、電気の信号に変えて記録する。Dave Mellinger/Oregon State University / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0画像を拡大

海の水は、深さによって温度や水圧が変わり、それにつれて音の進む速さも変わる。深い海の途中には、音がいちばん遅くなる層がある。この層に入った低い音は、上下に曲げられながら層の中に閉じ込められ、弱まらずに何千キロも旅をする。海の中に張りめぐらされた、見えない音の通り道だ。

この音の道は、1940年代の実験で確かめられた。のちにアメリカ海軍は、潜水艦の音を聞くために、この道を使う海底のマイク網を築いた。ブループを聞いたNOAAのマイクも、同じ海の仕組みのおかげで、遠い南の海の出来事を聞き取ることができたのだ。

人魚の声だったのか

2012年5月、アメリカのテレビ局アニマルプラネットが、一本の番組を放送した。『マーメイド ザ・ボディ・ファウンド』。NOAAの科学者たちが、サメの腹の中から人に似た生き物の骨を見つけ、それを人魚だと考える。そして政府がそれを隠す、という筋書きだった。

番組の中で、人魚の存在を示す手がかりとして使われたのが、ブループの録音だった。本物のドキュメンタリーのように作られた番組を見て、人魚は本当にいると信じた人も少なくなかった。翌2013年には続編まで作られた。

あまりの反響に、NOAAは異例の声明を出した。水の中で暮らす人間のような生き物の証拠は、これまで一度も見つかっていない、と。アニマルプラネット自身も、番組は「実際の出来事と科学の理論をもとにしたSF」だと説明していた。それでも、海の底から届いた声の記憶は、人魚の物語と結びついて、多くの人の心に残った。

ロス海に浮かぶ巨大な卓状氷山B-15Aの断崖
ロス海に浮かぶ巨大な卓状氷山B-15Aの断崖。南極の氷は、ときに島ほどの大きさで海へ流れ出す。NSF/Josh Landis, employee 1999-2001 / Wikimedia Commons / パブリックドメイン画像を拡大

声の主は、南極で砕ける氷だった?

NOAAの研究者たちは、声の主を追い続けた。音が届いた方角は、南。その先にあるのは、南極大陸を囲む氷の海だった。研究者たちは、マイクを南極の近くへ移して、海の音を聞き直した。

そして2005年、NOAAは答えにたどり着いたと考えた。南極の氷河から巨大な氷山が割れ、崩れ落ちるときに出る音。「氷震」と呼ばれる、氷の地震の音だ。南極の近くで記録された氷震の音は、ブループとよく似た形をしていた。

音が届いた方角から、NOAAは声の主の居場所も絞り込んだ。南極半島の先のブランスフィールド海峡から、ロス海までのどこか。あるいは、氷の音の名所として知られるロス海のケープ・アデア。この記事の扉の写真に写る、巨大な氷山が浮かぶ海だ。

2008年、南ジョージア島の近くで割れ目が走った巨大氷山A53Aのレーダー画像
2008年、南ジョージア島の近くで大きな割れ目が走った巨大氷山A53Aのレーダー画像。この氷山が砕けていく音も、海の中で記録された。ESA(欧州宇宙機関)、エンビサット衛星 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0画像を拡大

2008年はじめには、南ジョージア島の近くで砕けていく巨大氷山A53Aの音が追いかけられ、ここでもブループに似た氷震の音が記録された。2012年、NOAAはブループを、氷によって起きる地震の音と一致すると説明した。研究者の間では、氷が割れる音だという考えが主流になっている。

ただし、1997年のあの日、どの氷山が、どこで割れたのかまでは、突き止められていない。分かったのは「氷の音と同じ種類の音」ということまで。声の主の名前は、まだ空欄のままだ。南の海の底で何が起きたのか、その瞬間を見た者は誰もいない。

NOAAは、地球が暖かくなるにつれて、氷震は年ごとに増えていると伝えている。南極の氷河から割れた氷山は海へ流れ出し、やがて溶けて消えていく。ブループは、南の海の氷が上げた、ひときわ大きな叫び声だったのかもしれない。

海が記録した、ほかの謎の音

NOAAのマイクは、ブループのほかにも奇妙な音をいくつもとらえている。研究者たちは、聞こえ方からそれぞれに名前をつけた。

1997年3月4日の「トレイン」は、列車の車輪がレールをこするような音。1997年5月19日の「スローダウン」は、7分ほどかけて音がだんだん低くなっていく。1999年3月1日の「ジュリア」は、女性の名前をもらった、長くうなるような音だ。これらは、海底に乗り上げた巨大な氷山がこすれる音だと考えられている。南極の氷は、海の中でさまざまな声で鳴いているのだ。

NOAAが記録したもう一つの謎の音「ホイッスル」のスペクトログラム
NOAAが記録したもう一つの謎の音「ホイッスル」のスペクトログラム。横が時間、縦が音の高さを表す。NOAA(米国海洋大気庁) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン画像を拡大

1997年7月7日の「ホイッスル」は、笛のように細く鳴る音だった。けれど、とらえたマイクは一つだけだったため、音の生まれた場所は分からない。1991年から季節ごとに聞こえる「アップスイープ」は、南緯54度・西経140度あたりから届き、海底火山の活動が有力とされるが、まだはっきりしていない。海の中には、正体の分からない声が、今も響いている。

ブループの声の主をめぐる三つの説

未知の巨大な海の生き物

根拠・背景

生き物の声のように高さが変わり、深海にはまだ知られていない生き物が多い。

問題点

地球上のどんな動物の声よりもはるかに大きく、それほど巨大な生き物の姿や痕跡は見つかっていない。

海底火山や地震

根拠・背景

マイクはもともと火山の音を聞くために置かれ、火山の音も海の中を遠くまで届く。

問題点

ブループと同じ時と場所に起きた噴火や地震が、記録の中に見当たらない。

南極で砕ける氷

根拠・背景

届いた方角が南極で、のちに記録された氷震の音とよく似ている。NOAAもこの説明をとっている。

問題点

1997年に割れた氷山そのものは、特定されていない。

ブループの年表

  1. 1928年2月
    『クトゥルフの呼び声』南太平洋の海底都市ルルイエに眠る神の物語が雑誌に載る。
  2. 1991年
    アップスイープ季節ごとにくり返す謎の音が聞こえ始める。
  3. 1997年夏
    ブループ3000キロ以上離れたマイクが、巨大な低い音をくり返しとらえる。
  4. 1997年7月7日
    ホイッスル一つのマイクだけが、笛のような音を記録する。
  5. 2002年
    どんな動物より強い声研究者が、地球上のどの動物よりも強い音だと語る。
  6. 2005年
    氷震の音南極の近くで聞き直し、氷が割れる音と考えられるようになる。
  7. 2008年
    氷山A53A砕けていく氷山の音にも、似た形の音が記録される。
  8. 2012年5月
    人魚の番組テレビ番組がブループを人魚の声として使い、NOAAが声明を出す。

ブループの三つの謎への答え

  • 1

    あの巨大な音を出したのは、何だったのか

    NOAAは、南極の氷が割れるときの氷震の音だと説明している。後に記録された氷の音とよく似ているからだ。ただ、1997年に割れた氷山そのものは見つかっていない。

  • 2

    なぜ、数千キロ先まで声が届いたのか

    深い海には、低い音を閉じ込めて遠くへ運ぶ層がある。巨大な氷が砕ける力強い音が、この見えない音の道に乗って、3000キロ以上先のマイクまで届いたと考えられている。

  • 3

    南の海の底には、まだ知られていない何かがいるのか

    ブループの声の主として、未知の巨大生物の痕跡は見つかっていない。けれど、人類が調べた海はまだほんの一部だ。南の深い海には、ホイッスルのように正体の分からない声が、今も響いている。

南ジョージア島のまわりに散らばる巨大氷山A68のかけら(2021年)

今日も南の海では、巨大な氷山がゆっくりと砕け、そのかけらが波間に散っていく。そのたびに、海の底のマイクには低い声が届いている。

ルルイエの神は、まだ夢を見ているのだろうか。

MODIS Land Rapid Response Team, NASA GSFC / Wikimedia Commons / パブリックドメイン

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この記事を書いた人

世界各地の遺跡や不思議な出来事、伝説を紹介しています。公開資料や研究論文、博物館の解説などを読み比べながら記事を書き、写真の確認や公開後の訂正も一人で行っています。

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