海に面して切り立つロス棚氷の氷の崖

歌う南極の棚氷

世界最大の棚氷は、風が吹くたびに、人の耳には届かない低い歌をほとんど休みなく響かせていた。

lin padgham / Wikimedia Commons / CC BY 2.0

観測の概要

南極のロス棚氷は、海に浮かぶ氷としては世界最大で、広さはおよそ50万平方キロメートルある。2014年11月から2017年2月まで、アメリカの研究チームがこの棚氷に34台の地震計を置き、揺れを記録し続けた。そこで見つかったのが、1秒間に5回を超える細かな振動が、ほぼ絶え間なく続いていることだった。2018年の論文は、これを雪の表面の起伏を風が揺らして生まれる「歌」だと説明した。歌の高さは嵐や気温で変わるので、棚氷の表面の状態を知る手がかりになると期待されている。

この観測の三つの謎

  1. なぜ氷の上を吹く風が、決まった高さの「音」になるのか
  2. 南極の「歌う氷」は、どれも同じしくみで鳴っているのか
  3. 歌の変化から、棚氷が崩れる前ぶれを読み取れるのか
場所
南極、ロス棚氷(ロス海の奥に広がる浮いた氷の台地)
観測期間
2014年11月〜2017年2月。34台の地震計による連続記録
見つかったもの
1秒間に5回を超える振動が、ほぼ休みなく続く
発表
2018年10月、学術誌『ジオフィジカル・リサーチ・レターズ』

確定している事実

どこで、何を使って、何が記録されたか。争いのない部分から並べる。

ロス棚氷は、南極大陸から海へ押し出された氷が、厚い板になって浮かんでいる場所だ。1841年1月、イギリスのジェームズ・クラーク・ロスの船がその端にたどり着き、海からそびえる氷の崖に行く手をふさがれた。その棚氷に、2014年から2年あまり、34台の地震計が雪の下に埋められた。

本来の目的は、海の波や潮が棚氷をどう揺らすかを調べることだった。ところが記録を読むと、どの観測点にも、1秒間に5回を超える細かい揺れが、ほとんど途切れずに入っていた。

クジラ湾で海氷の上を歩く人と、背後にそびえるロス棚氷の壁
ロス棚氷の端。クジラ湾で海氷の上を歩く人の奥に、氷の崖がそびえる(アメリカ海洋大気庁の写真) / Michael Van Woert, NOAA NESDIS, ORA. / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
広さ
およそ50万平方キロメートル。浮いた氷としては世界最大
氷の端
長さ600キロメートル以上。海面から15〜50メートルの崖
地震計
34台。雪の下およそ2メートルに埋めた
揺れの速さ
1秒間に5回を超える。強い成分はおよそ4〜50回

時刻と地点の対照

「歌う氷」は一度きりの出来事ではない。南極では、別々の場所で、別々の音が聞き取られてきた。

1997年夏

太平洋の水中マイク網が、正体不明の低い音「ブループ」を記録。のちに、南極の大きな氷山が割れる音と考えられるようになった。

1999年3月

同じ観測網が「ジュリア」と名づけられた音をとらえる。南極の沖で大きな氷山が海底に乗り上げた音と見られている。

2004年

2003〜04年の南極の夏、ロス島の北に乗り上げた巨大氷山C16に地震計を置く。氷山どうしがこすれ合うときの揺れが記録された。

2014年

11月からロス棚氷の34地点で2年あまり連続観測。雪の表面が風で揺れる「歌」が、ほぼ休みなく続いていた。

エドワード・ウィルソンが描いたグレート・バリアとコウテイペンギン
探検時代、ロス棚氷は「グレート・バリア」と呼ばれた。スコットの探検隊のエドワード・ウィルソンによるスケッチで、クロージャー岬から東を望む / Apsley Cherry-Garrard / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
太平洋の観測網は、アメリカ海洋大気庁(NOAA)の太平洋海洋環境研究所が運用していた。音は海の中を遠くまで伝わるので、南極の氷の音が赤道近くの水中マイクにも届く。
ロス海に浮かぶ巨大氷山B-15Aの北の縁
ロス海に浮かぶ巨大氷山B-15Aの北の縁(2001年1月、アメリカ国立科学財団)。B-15は2000年3月にロス棚氷から割れた / NSF/Josh Landis, employee 1999-2001 / Wikimedia Commons / パブリックドメイン

ここから謎になる

氷が「歌う」と報告されたのは、ロス棚氷が初めてではない。けれど、先に見つかった歌には、二つの違う説明が出ていた。

2005年、ドイツのアルフレッド・ヴェーゲナー研究所のチームが、「歌う氷山」という論文を発表した。南極のノイマイヤー基地の地震計が、最長16時間も続く、倍音の重なった揺れをとらえていた。揺れは発生源から最大820キロメートル離れた地点でも記録され、源は海岸沿いを動く氷山B-09Aだった。

氷の中を流れる水が鳴らす

最もありそうな揺れの源は、氷山のトンネルや割れ目の中で、流れる水が引き起こす振動である
— ミュラーほか『サイエンス』2005年、論文要旨の訳
VS

氷山どうしのこすれ合いが鳴らす

揺れの正体は、氷山の崖のような縁どうしがこすれ合うときに、1時間に数千回も起きる小さな氷の地震の連なりである
— マカイールほか、地球物理学の学術誌、2008年、要旨の要約
どちらも「氷山の歌」を扱う研究で、2008年の研究は2003〜04年にロス島の北で集めた記録にもとづく。一方ロス棚氷の歌は、動く氷山ではなく、止まった棚氷の雪の表面で起きている。
霜に覆われたノイマイヤー基地の地震計
霜に覆われたノイマイヤー基地の地震計。2005年の「歌う氷山」の研究は、この基地の観測網の記録を使った(アルフレッド・ヴェーゲナー研究所) / Hannes Grobe/AWI / Wikimedia Commons / CC BY 3.0

風が雪の丘を鳴らす

ロス棚氷の歌は、氷の奥ではなく、表面の数メートルで生まれていた。

棚氷の表面は平らではない。強い風が雪を運び、砂丘のような起伏や、細長く削られた雪の畝(うね)を作る。研究チームは、この起伏の上を風が吹き抜けることで、雪の層が揺さぶられると考えた。

表面の雪は、押し固められて氷になる前の、すき間の多い層でできている。この層は揺れの伝わり方がとても遅く、揺れが層の中に閉じこめられやすい。そのため、起伏の並び方と層の性質に合った高さの揺れだけが強く残る。論文は、これが本当の意味での共鳴ではなく、風と起伏の組み合わせで生まれる揺れだと書いている。

風が刻んだ雪面の起伏と、遠くの雪上車
風が刻んだ雪の起伏(南極氷床の内陸、奥は雪上車)。ロス棚氷の表面にも同じような起伏が広がる / Stephen Bannister / Wikimedia Commons / CC BY 2.5

論文の筆頭著者ジュリアン・シャピュは、この現象を「棚氷の上で、ずっとフルートを吹いているようなもの」とたとえた(2018年、アメリカ地球物理学連合の発表)。揺れは人の耳ではほとんど聞き取れないので、2015年の記録をおよそ1200倍に速めて、音として公開した。

氷は割れて鳴ったのではない。風に吹かれて、ずっと鳴っていた。
夜明けの青い光の中で風に削られた雪のうねり

歌は雪の形で変わる

嵐や暖かい日が雪を変えるたびに、歌の高さはずれていった。

夜明けの南極点で、冬のあいだに風が削った雪の起伏 / John Hardin / Wikimedia Commons / CC BY 4.0

観測値と検証

2年あまりの記録が示した数字と、歌が変わった二つの場面。

ロス棚氷の観測が示したもの

34台棚氷を二本の線で横切って並べた
5Hz超ほぼ休みなく続いた揺れ。強い成分はおよそ4〜50Hz
1200倍人の耳に届く音にするため、記録を速めた倍率

強い風の嵐が来ると、雪が積もり、起伏の形が変わる。嵐が収まるにつれて、歌の高さはなめらかに移っていった。もう一つは2016年1月で、この地域の気温が0度近くまで上がり、棚氷の表面の雪が解けた。このとき歌の高さは下へずれた。論文は、0度近い温度が雪の中へしみこみ、雪の骨組みを弱めたためと説明している。

表面が解けて水たまりができると、水の重みが氷を割り、棚氷が一気に崩れることがある。2002年に崩れた南極半島のラーセンB棚氷がその例だ。研究チームは、歌の変化を見張れば、表面の変化を遠くからほぼ休みなく追えると考えている。

説の対決

「南極の氷が歌う」と言われる現象には、少なくとも三つのしくみが挙げられている。

01

風が雪の丘を揺らす

説明できる

ロス棚氷の34地点でほぼ休みなく続く揺れ、嵐や雪解けに合わせた高さの変化

説明できない

動く氷山の、数時間だけ続く倍音の多い揺れ

02

氷山の中の水が鳴る

説明できる

B-09Aのような氷山の、倍音が30以上重なる長い揺れ

説明できない

水の流れる割れ目の形を、直接確かめた記録は乏しい

03

氷山どうしの摩擦

説明できる

C16で記録された、1時間に数千回の小さな地震の連なり

説明できない

ほかの氷山と触れていないときの揺れ

編集部の考察

確認事実:ロス棚氷の34台の地震計は、2014〜17年に、1秒間に5回を超える揺れがほぼ休みなく続くことを記録した。揺れの高さは、嵐と2016年1月の雪解けに合わせて変わった。

推論材料:2018年の『ジオフィジカル・リサーチ・レターズ』の論文と、アメリカ地球物理学連合の発表。比べる材料として、2005年の『サイエンス』の「歌う氷山」と、2008年の氷山C16の研究、NOAAの音の記録。

考察:「歌う氷」は一つの現象ではなく、似た名前で呼ばれた別々の揺れの集まりと見るのがよい。ロス棚氷の歌は、割れる音でも水の音でもなく、表面の雪と風の組み合わせで説明されている。

弱点・反証:表面の起伏と揺れの高さの関係は、主に計算で結びつけたもので、起伏を一つずつ測って確かめたわけではない。崩壊の前ぶれを読めるかは、まだ期待の段階にある。

まだ解けていない問い

  • 1

    なぜ氷の上を吹く風が、決まった高さの「音」になるのか

    起伏の並び方と、揺れを閉じこめる柔らかい雪の層の組み合わせで、特定の高さの揺れが残ると説明されている。起伏との対応は主に計算による。

  • 2

    南極の「歌う氷」は、どれも同じしくみで鳴っているのか

    同じではない。棚氷の風の揺れ、氷山の中の水の流れ、氷山どうしのこすれ合いと、少なくとも三つのしくみが挙げられている。

  • 3

    歌の変化から、棚氷が崩れる前ぶれを読み取れるのか

    雪解けで歌の高さが変わることは確かめられた。ただし崩壊の前ぶれを実際に読み取った例は、まだ無い。

人工衛星から見たロス棚氷とソーンダース海岸

2001年11月、人工衛星が上から見たロス棚氷は、ただ白く平らな広がりにしか見えない。けれどその表面では、風が雪を動かすたびに、耳に届かない低い音が鳴り続けている。

氷の歌を聞くことは、氷の肌の具合を聞くことでもある。

Jacques Descloitres, MODIS Land Rapid Response Team, NASA/GSFC / Wikimedia Commons / パブリックドメイン

写真・資料クレジット

海に面して切り立つロス棚氷の氷の崖

lin padgham / Wikimedia Commons / CC BY 2.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

クジラ湾で海氷の上を歩く人と、背後にそびえるロス棚氷の壁

Michael Van Woert, NOAA NESDIS, ORA. / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

エドワード・ウィルソンが描いたグレート・バリアとコウテイペンギン

Apsley Cherry-Garrard / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

ロス海に浮かぶ巨大氷山B-15Aの北の縁

NSF/Josh Landis, employee 1999-2001 / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

霜に覆われたノイマイヤー基地の地震計

Hannes Grobe/AWI / Wikimedia Commons / CC BY 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

風が刻んだ雪面の起伏と、遠くの雪上車

Stephen Bannister / Wikimedia Commons / CC BY 2.5。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

夜明けの青い光の中で風に削られた雪のうねり

John Hardin / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

人工衛星から見たロス棚氷とソーンダース海岸

Jacques Descloitres, MODIS Land Rapid Response Team, NASA/GSFC / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

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この記事を書いた人

世界の謎と不思議について、公開資料、研究論文、公文書、博物館資料、当時報道を読み比べ、記事の企画から公開後の訂正まで担当しています。 個人運営で、記事の企画、調査、執筆、画像確認、訂正・更新を担当しています。

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