
DNAに残る 幽霊人類
骨は一本も見つかっていない。それでも、西アフリカの人々のゲノムには、名前のない人類の痕跡が読み取れるという。
Xenochka / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
文書の概要
現代人のゲノムには、絶滅した人類から受け継いだ部分が混じっている。ヨーロッパやアジアの人々ではネアンデルタール人に由来する部分が1〜4パーセントあり、メラネシアの人々にはデニソワ人に由来する部分が4〜6パーセントある。2020年、アメリカの研究者は、西アフリカの人々のゲノムに、どちらとも違う古い人類の痕跡が2〜19パーセント含まれると発表した。化石が見つかっていないこの相手は「幽霊集団」と呼ばれる。ただし2023年には、交雑を仮定しなくても同じデータを説明できるという反論も出ている。
この文書の三つの謎
- 西アフリカの人々のゲノムに残る古い部分は、どんな人類から来たのか
- それは本当に別の人類との交雑なのか、アフリカ内部の古い集団構造なのか
- 化石が見つかれば、DNAの「幽霊」に顔を与えられるのか
- 成立
- 交雑は数万年前から数十万年前。西アフリカの幽霊集団は0〜12万4000年前
- 言語
- 文字ではなくゲノム。A・T・G・Cの並びの違いとして残る
- 所蔵
- 1000ゲノム計画などの現代人データと、デニソワ洞窟などの古人骨
- 解読状況
- デニソワ人は解読済み。西アフリカの幽霊集団は正体も有無も議論中
確定している事実
化石より先にDNAで見つかった人類は、すでにいる。
2008年、シベリアのアルタイ山地にあるデニソワ洞窟で、少女の指の骨のかけらが見つかった。2010年、マックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボらのチームがそのDNAを読み、ネアンデルタール人とも現生人類とも違う人類だと報告した。骨の形ではなく、DNAで見つかった初めての人類である。
この人類はデニソワ人と呼ばれ、いまのメラネシアの人々のゲノムの4〜6パーセントに痕跡を残している。ヨーロッパやアジアの人々のゲノムの1〜4パーセントは、ネアンデルタール人に由来する。ペーボは2022年、絶滅した人類のゲノムを読んだ業績でノーベル生理学・医学賞を受けた。

- 最初の骨
- 2008年、デニソワ洞窟の指の骨。約13歳の少女のもの
- DNAの報告
- 2010年。ネアンデルタール人とも現生人類とも違う
- 現代人への痕跡
- メラネシアの人々で4〜6パーセント
- ネアンデルタール人
- ヨーロッパ・アジアの人々で1〜4パーセント
ゲノムという記録を読む
化石の無い相手を、どうやってDNAの中に見つけるのか。
実物
骨片デニソワ11。形ではなくDNAが素性を語った

見えるもの
現代人のゲノムを区間ごとに比べる
- ほかの人と違いの多い区間がある
- その区間は、まとまった長さで受け継がれている
- ネアンデルタール人の配列とも合わない
- デニソワ人の配列とも合わない
研究者の読み
2020年、ドゥルヴァスラとサンカラマンの解釈
- とても古くに分かれた集団から入った
- 分かれたのは36万〜102万年前
- 混ざったのは0〜12万4000年前
- 受け継いだ割合は2〜19パーセント

ここから謎になる
データは一つ。読み方は少なくとも四通りある。
DNAの痕跡から言えるのは、その区間がいつごろ、どのくらい古い系統から来たかまでである。相手の顔も、住んでいた場所も、DNAだけでは決まらない。同じデータを前に、研究者の読み方は分かれている。

アフリカの未知の人類
ナイジェリアのイウォ・エレルでは、約1万2000〜1万6000年前の頭骨が、古い人類と現生人類の中間の形をしていると報告された。こうした集団が幽霊の候補に挙がる。

ネアンデルタール人の遠縁
ネアンデルタール人と現生人類の共通の祖先より前に分かれた系統とされるので、ネアンデルタール人そのものではない。ただ、その遠い親戚という読み方はありうる。

デニソワ人のような例
デニソワ人も、長くDNAだけの存在だった。2025年、中国・ハルビンの頭骨がタンパク質とDNAからデニソワ人と判断され、初めて顔が分かった。

別の人類ではない
アフリカの中で、少しずつ違う集団が数十万年にわたって分かれたり混ざったりしていれば、交雑を仮定しなくても同じ痕跡が出るという考えがある。
骨が見つかった幽霊
DNAで先に見つかった人類に、あとから骨が追いついた例がある。
1980年、チベット高原の白石崖溶洞で僧侶が下あごの骨を見つけた。2019年、骨に残るタンパク質の分析から、これが16万年以上前のデニソワ人だと分かった。デニソワ洞窟の外で見つかった初めての例だった。
2018年には、デニソワ洞窟の骨のかけら「デニソワ11」が、ネアンデルタール人の母とデニソワ人の父を持つ約13歳の少女だと報告された。絶滅した人類どうしが交わった、直接の証拠である。

交雑か、構造か
幽霊は、よその人類だったのか。それとも、わたしたち自身の祖先が長くばらばらに暮らしていた跡なのか。
読み方の候補
2020年と2023年、二つの論文は同じ種類のデータから違う結論を出した。
2020年2月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のアルン・ドゥルヴァスラとスリラム・サンカラマンは『サイエンス・アドバンシズ』に論文を出し、西アフリカの人々のゲノムの2〜19パーセントが、ネアンデルタール人と現生人類が分かれる前に分かれた古い集団から来たと推定した。同じ月、ユタ大学のアラン・ロジャーズらは、ネアンデルタール人とデニソワ人の祖先も、約200万年前に分かれた「超古代」の集団と約70万年前に交わったと発表した。
2023年、ウィスコンシン大学のアーロン・ラグズデールらは『ネイチャー』で、アフリカの中で弱く分かれた集団どうしが長く行き来していたモデルを示した。この論文は、アフリカ内部の未知の幽霊集団から大きな寄与があった証拠は見つからないとしている。
説の対決
どの説も、説明できることと、できないことがある。
未知の古い人類との交雑
ネアンデルタール人ともデニソワ人とも合わない、まとまった長さの区間が現代人に残ること
その人類の化石もDNAも見つかっておらず、分かれた年代の推定にも大きな幅がある
アフリカ内部の古い集団構造
交雑を仮定しなくても、少しずつ違う集団が長く行き来すれば同じ痕跡が出ること
化石に見える古い形の多様さや、特定の区間がまとまって残る理由を、すべて説明できたわけではない
既知の人類の遠い親戚
デニソワ人のように、DNAが先に見つかり、あとで骨と結びついた例があること
推定された分岐はネアンデルタール人より古く、既知の人類そのものとは合わない
編集部の考察
確認事実:現代人のゲノムには、ネアンデルタール人とデニソワ人に由来する部分がある。西アフリカの人々には、どちらとも合わない古い区間があると推定されている。
推論材料:2020年のドゥルヴァスラとサンカラマンの論文、同年のロジャーズらの論文、2023年のラグズデールらの反論、デニソワ人の化石とゲノム。
考察:「未知の人類」と「古い集団構造」は、はっきり分かれた二択とは限らない。アフリカの中で分かれた集団の一つが、ほかと長く離れていれば、両方の性質を持ちうる。
弱点・反証:どの結論もモデルの仮定に左右される。アフリカの暑い気候では古人骨のDNAが残りにくく、答えを直接確かめる材料が乏しい。
まだ解けていない問い
- 1
西アフリカの人々のゲノムに残る古い部分は、どんな人類から来たのか
相手の骨もDNAも見つかっていない。アフリカで古いDNAやタンパク質を取り出せる化石が見つかれば、手がかりになる。
- 2
それは本当に別の人類との交雑なのか、アフリカ内部の古い集団構造なのか
交雑モデルと集団構造モデルは、どちらもいまのデータにある程度合う。より多くの集団と古人骨のゲノムが必要とされている。
- 3
化石が見つかれば、DNAの「幽霊」に顔を与えられるのか
デニソワ人ではそれが起きた。イウォ・エレルのような古い形の頭骨から分子が取れれば、同じ道が開ける可能性がある。
デニソワ人は、指の骨のかけら一つから始まった。いまも見つかっている骨は、指や歯、あごなど、ほんのわずかしかない。
西アフリカの幽霊には、まだ名前をつけるための骨がない。
Thilo Parg / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0研究・論文
- Durvasula & Sankararaman, “Recovering signals of ghost archaic introgression in African populations,” Science Advances 6 (2020)
- Rogers, Harris & Achenbach, “Neanderthal-Denisovan ancestors interbred with a distantly related hominin,” Science Advances (2020)
- Ragsdale et al., “A weakly structured stem for human origins in Africa,” Nature (2023)
- Fu et al., “The proteome of the late Middle Pleistocene Harbin individual,” Science (2025)
- Harvati et al., “The Later Stone Age Calvaria from Iwo Eleru, Nigeria: Morphology and Chronology,” PLoS ONE (2011)
解説・事典
- NobelPrize.org, Press release: The Nobel Prize in Physiology or Medicine 2022
- Wikipedia, “Denisovan”(指の骨・デニソワ11・夏河の下顎骨・EPAS1の照合に使用)
- NPR, “’Ghost’ DNA In West Africans Complicates Story Of Human Origins” (2020)
- Phys.org, “Key evidence links Harbin individual’s nearly complete skull to Denisovan lineage” (2025)
写真・資料クレジット
Xenochka / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Thilo Parg / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Michael Buckley, Anatoly Derevianko ほか / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Александр Байдуков / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Katerina Harvati, Chris Stringer ほか / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Pflege24 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Fu et al. (2025) / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Larena et al. 2021 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Dongju Zhang / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Демин Алексей Барнаул / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Thilo Parg / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)