カザフスタン・アクモラ州エシルの駅舎と像(2015年)

カラチ村の眠り病

話している途中で眠り込み、起きると何も覚えていない。政府は答えを出したが、別の答えも出ている。

Марат Ауэзов / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

事件の概要

カザフスタン北部アクモラ州の村カラチで、2013年3月から、住民が突然眠り込む病気が続いた。眠りは2日から6日ほど続き、目覚めると記憶が抜け落ちていたと伝えられる。隣の村クラスノゴルスキーを合わせて140人以上がかかったと報じられ、数千件の検査でも放射線や感染症は原因と確かめられなかった。2015年7月、政府は近くのソ連時代のウラン鉱山から出る一酸化炭素と炭化水素が原因だと発表した。一方で2020年、ナザルバエフ大学の研究者は飲み水の汚染を疑う分析を出している。

この事件の三つの謎

  1. 眠りの原因は、本当に鉱山から出たガスだったのか
  2. なぜカラチ村とクラスノゴルスキーだけに起きたのか
  3. かかった人は何人で、いつ終わったのか
場所
カザフスタン、アクモラ州エシル地区のカラチ村
期間
2013年3月〜2015年ごろ(最後の例は2016年1月とする資料もある)
かかった人
140人以上と報道(資料によって数が違う)
政府の結論
2015年7月、廃坑から出る一酸化炭素と炭化水素

確定している事実

いつ、どこで、どんな症状が出たのか。争いのない記録だけを先に並べる。

カラチはカザフスタン北部、アクモラ州エシル地区の小さな村である。2014年の人口は680人ほどで、隣のクラスノゴルスキーと合わせると約810人が住んでいた。2013年3月から、住民が突然眠り込む例が相次いだ。

症状は、強い眠気のほか、めまい、吐き気、記憶が抜け落ちること、幻覚などだった。米誌タイムによると眠りは2日から6日続いた。看護師の一人は、起こせば話はできるが、話をやめるとすぐ眠ろうとする、と伝えている。

カザフスタンの地区地図。アクモラ州エシル地区が赤で示されている
カザフスタンの地区の地図。赤がカラチ村のあるアクモラ州エシル地区 / Kazakhstan_rayons.png : Rarelibra derivative work: Vipera ( talk ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン
州・地区
アクモラ州エシル地区
人口
約680人(2014年)
近くの村
クラスノゴルスキー(旧ウラン鉱山の町)
主な症状
強い眠気、記憶が抜ける、めまい、幻覚

2013年から2015年の時系列

病気の始まりから、政府の発表、大学の研究まで。

  1. 2013年3月報道
    最初の例カラチ村で住民が突然眠り込む例が出はじめる。
  2. 2014年報道
    村の5分の1近くかかった人が村の人口の5分の1近くに達したと伝えられる。
  3. 2015年1月BBC
    移住の計画村の半数以上が、ほかの土地へ移る予定だと報じられる。
  4. 2015年3月タイム誌
    放射線は否定国立原子力センターの研究所長セルゲイ・ルカシェンコが、放射線は原因ではないと述べ、一酸化炭素を疑う。
  5. 2015年7月政府発表
    一酸化炭素と断定ベルディベク・サパルバエフ副首相が、廃坑から出る一酸化炭素が原因だと発表する。223世帯のうち68世帯がすでに移住していた。
  6. 2020年10月大学発表
    飲み水を疑う研究ナザルバエフ大学のバイロン・クレイプ教授らが、飲み水の汚染が原因とみる分析を発表する。
かかった人の数は資料によって大きく違う。英語の報道は「140人以上」、ロシア語版ウィキペディアは「40〜60人」とする。数え方の基準は公表されていない。
上空から見たアクモラ州ロディナ村の家並みと平原
アクモラ州の村ロディナを上空から見た様子(2023年)。カラチ村そのものではないが、同じ州の平原の村である / ОБОЖАЮ / Wikimedia Commons / CC BY 3.0

ここから謎になる

政府は空気だと言い、大学の研究者は水だと言う。

村のそばには、ソ連時代のウラン鉱山の跡がある。住民の多くは最初に放射線を疑ったが、数千件の検査で高い放射線は見つからなかった。そのあと二つの説明が出たが、二つは、毒がどこから体に入ったのかで食い違っている。

政府の発表(2015年7月)

閉山した鉱山が水につかり、一酸化炭素と炭化水素が地上に出て村の空気の酸素を減らした。
— サパルバエフ副首相の発表の要旨(報道から要約)
VS

ナザルバエフ大学(2020年10月)

病気になった人は皆、村人が売っていた一つの地下水ポンプの水を飲んでいた。川の水を飲んだ家畜はかからなかった。
— 大学の発表の要旨(同大学のニュースから要約)
どちらも鉱山を疑う点は同じで、違うのは空気か水かという経路である。

調べた人たちの言葉

原因を探した人たちは、それぞれ別のものを見ていた。

国立原子力センターのセルゲイ・ルカシェンコは2015年3月、放射線は原因ではないとし、村の地形と天気のせいで煙突の煙が上へ抜けずに下へ降りてくることが多いと述べ、一酸化炭素を疑った。トムスク工科大学のレオニード・リフワノフは、水につかった鉱山から地下の割れ目を通ってラドンなどの気体が押し出される可能性を挙げた。

ナザルバエフ大学のクレイプ教授らは、かかった人とかからなかった人の違いを長く調べ、食べ物や持病、飲酒などの仮説を数十通り外していった。残ったのが飲み水だった。教授は、廃坑に軍用の化学物質が埋められ、さびた容器から漏れて地下水に入った可能性を考えている。ただし坑内は危なくて入れず、試料はまだ取れていない。

一酸化炭素センサーと表示用のランプを載せた手作りの計測基板
一酸化炭素のセンサーを使った手作りの計測器の例。一酸化炭素は色もにおいも無く、計器でしか分からない(カラチ村の調査とは関係のない写真) / Dilshan Jayakody / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0
空気なら村じゅうが吸う。水なら同じポンプの水を飲んだ人だけがかかる。
アクモラ州ステプノゴルスクの夜空に走る無数の稲妻を重ねた写真

2015年7月の発表

政府は一酸化炭素と断定し、村人の移住を進めた。

アクモラ州ステプノゴルスクの夜空の稲妻(2017年、何枚もの写真を重ねたもの)。北カザフスタンの草原は天気の変化が激しい / Astrobond / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

検査と鑑定

数字で確かめられるのは、この三つだけである。

カラチ村の眠り病を数字で見る

140人以上英語の報道が伝えたかかった人の数(カラチとクラスノゴルスキー)
2〜6日一度の眠りが続いた長さ(タイム誌)
68/223世帯2015年7月までに移住した世帯と、村の全世帯

政府と民間は移住のために25億テンゲを用意した。ロシア語版ウィキペディアは、眠っている間の空気から一酸化炭素と二酸化炭素の高い値が出た一方で、患者の血液からは毒の働きがはっきりしなかったとも記している。

説の対決

どの説が、どの事実を説明できて、どの事実に負けるか。

01

廃坑から出た一酸化炭素と炭化水素

説明できる

眠気・めまい・記憶の欠けという症状と、2015年に政府が示した大気の測定

説明できない

患者の血液に毒の働きがはっきりしなかったという記録と、なぜ同じ村の中でかかる人とかからない人がいたのか

02

飲み水の化学物質による汚染

説明できる

かかった人が皆、同じポンプの水を飲んでいたという分析と、川の水を飲んだ家畜が無事だったこと

説明できない

どの化学物質なのかがまだ特定されておらず、坑内の試料も取れていないこと

03

ラドンなど地下の気体

説明できる

水につかった鉱山から気体が押し出されるという仕組みと、鉱山跡に近い村だけに起きたこと

説明できない

検査で高い放射線が見つからず、国の研究所も放射線を原因と認めなかったこと

編集部の考察

確認事実:2013年3月から、カラチ村と隣の村で住民が数日間眠り込む病気が続いた。2015年7月に政府は廃坑からの一酸化炭素が原因と発表し、2020年に大学の研究者は飲み水の汚染を疑う分析を出した。

推論材料:政府発表を伝えた報道、タイム誌の2015年3月の記事、ナザルバエフ大学の2020年の発表、英語版とロシア語版のウィキペディア。

考察:どの説も、近くの廃坑を出どころとみる点では一致している。違うのは毒が空気で来たか水で来たかで、かかった人とかからなかった人を比べた大学の分析は、空気だけでは説明しにくい点を突いている。

弱点・反証:政府の測定値も大学の分析も、元のデータが広く公開されていない。坑内の試料が取れれば、どちらの説も確かめたり否定したりできる。

まだ解けていない問い

  • 1

    眠りの原因は、本当に鉱山から出たガスだったのか

    政府は一酸化炭素と断定したが、大学の研究者は飲み水の汚染を疑っており、決着していない。

  • 2

    なぜカラチ村とクラスノゴルスキーだけに起きたのか

    どの説も近くの廃坑を理由に挙げるが、同じ地域のほかの村に起きなかった理由は示されていない。

  • 3

    かかった人は何人で、いつ終わったのか

    数は140人以上から40〜60人まで資料で違う。2015年ごろに収まり、最後の例を2016年1月とする資料もある。

雪の積もったアクモラ州アッコル近くの丘と松、曇り空の太陽(2015年11月)

村人の多くは村を離れ、眠り病は収まった。

眠らせたものが空気だったのか水だったのかは、坑の中にまだ残っている。

TEHb K0CM0CA / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

写真・資料クレジット

カザフスタン・アクモラ州エシルの駅舎と像(2015年)

Марат Ауэзов / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

カザフスタンの地区地図。アクモラ州エシル地区が赤で示されている

Kazakhstan_rayons.png : Rarelibra derivative work: Vipera ( talk ) / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

上空から見たアクモラ州ロディナ村の家並みと平原

ОБОЖАЮ / Wikimedia Commons / CC BY 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

一酸化炭素センサーと表示用のランプを載せた手作りの計測基板

Dilshan Jayakody / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

アクモラ州ステプノゴルスクの夜空に走る無数の稲妻を重ねた写真

Astrobond / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

雪の積もったアクモラ州アッコル近くの丘と松、曇り空の太陽(2015年11月)

TEHb K0CM0CA / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)

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この記事を書いた人

世界の謎と不思議について、公開資料、研究論文、公文書、博物館資料、当時報道を読み比べ、記事の企画から公開後の訂正まで担当しています。 個人運営で、記事の企画、調査、執筆、画像確認、訂正・更新を担当しています。

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