
ビザンツの 歯車日時計
沈没船の話は記録に無い。だが、ロンドンには1500年前の歯車が本当に残っている。
Gts-tg / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
遺跡の概要
ネットでは「パイム・ポンティアン号の遺物」という名の、沈没船から出た歯車装置の話が語られている。しかし、この名前も沈没船の話も、博物館の記録や研究論文には見当たらない。話のもとになったと考えられるのは、ロンドンの科学博物館が1983年に購入した、ビザンツ帝国の歯車つき日時計である。500年前後に作られたとみられ、歯車の装置としてはアンティキティラ島の機械に次いで古い。その歯車は、約500年後にイスラム世界の学者ビールーニーが書き残した機械の暦とよく似ている。
この遺跡の三つの謎
- 「パイム・ポンティアン号」の話は、どこから来たのか
- 日時計はどこで見つかり、どんな道をたどってロンドンに来たのか
- ギリシアの歯車の技術は、途切れずにイスラム世界へ伝わったのか
- 所蔵
- ロンドン科学博物館(1983年購入、番号1983-1393)
- 年代
- 5世紀末〜6世紀前半(400〜600年と登録)
- 残る部品
- 日時計の板・つり腕・月の円盤・歯車の軸の4点
- 素材
- 亜鉛の少ない真鍮
確定している事実
博物館の登録と、1985年の研究論文に書かれていること。争いのない記録だけを先に並べる。
ロンドンの科学博物館は1983年、持ち運びのできる日時計の破片4点を購入した。登録番号は1983-1393。日時計の板、つり下げる腕、歯車のついた月の円盤、歯車2枚とつめ車をつけた軸の4点で、どれも亜鉛の少ない真鍮でできている。
1985年、科学史家のジュディス・フィールドとマイケル・ライトが学術誌『アナルズ・オブ・サイエンス』にこの品の論文を書いた。板に刻まれた地名の表、曜日を表す惑星の神々の頭の描き方、文字の書き方から、作られたのは5世紀末から6世紀前半と判断している。

- 所蔵
- ロンドン科学博物館
- 板の大きさ
- 直径135mm、厚さ3mm
- 歯車
- 軸2本に歯車4枚とつめ車1個(論文の復元)
- 地名
- コンスタンティノープルなど16か所
発見と研究の記録
古い歯車の装置は、世界にほんの数えるほどしか残っていない。


- 前2〜前1世紀アンティキティラ島の機械ギリシアで、30枚以上の歯車を組んだ天文の計算機が作られる。1901年に沈没船から引き揚げられた。
- 500年ごろビザンツの日時計東ローマ帝国で、歯車つきの携帯日時計が作られる。作った人も作った町も分からない。
- 1000年ごろビールーニーの記述イスラム世界の学者ビールーニーが、アストロラーベの作り方の本の中で、歯車で動く暦の装置を説明する。
- 1221/22年イスファハンのアストロラーベムハンマド・イブン・アビー・バクルが、歯車の暦を組み込んだアストロラーベを作る。今はオックスフォードにある。
- 1983年科学博物館が購入日時計の破片4点がロンドンの科学博物館に入る。
- 1985年フィールドとライトの論文年代と歯車の仕組みを調べ、ビールーニーの装置と似ていることを示す。

ここから謎になる
作られた時代は分かる。けれども、見つかった場所が分からない。
日時計の板には、使う土地ごとの緯度に合わせるための地名の表が刻まれている。コンスタンティノープルからアスカロンまで16か所で、6世紀の東ローマ帝国の広い範囲にまたがる。地名の表が広すぎて、持ち主がどこで使ったのかは絞れない。

月の円盤と、イスラムの歯車
日時計の裏側には、月の満ち欠けを見せる仕掛けがあった。
残っている月の円盤は、ふちに59の歯が切られ、その内側に1から29、続いて1から30の数字が並ぶ。1日に1歯ずつ進め、59日で1回転する。29日の月と30日の月を交互に数えれば、月の満ち欠けの周期(約29.5日)に近くなる。円盤はすずでめっきされ、丸い窓に見える影の形で月の満ち欠けを表したと考えられている。
フィールドとライトは、この歯車の組み方が、1000年ごろにビールーニーが書いた機械の暦に似ていたとみる。ビールーニーの装置も、1221/22年にイスファハンで作られたアストロラーベの暦も、ビザンツの日時計と同じように月の形とその日の月齢を見せる。

ビールーニーの記述
1000年ごろ、ビールーニーは歯車で動く暦を文字で書き残した。現物は残っていない。
年代と技術
残された部品から読める数字は少ないが、確かである。
ビザンツの日時計を数字で見る
オックスフォード大学の科学史博物館は、イスファハンのアストロラーベを「完全な形で残る世界最古の歯車の機械」と紹介している。ビザンツの日時計は部品の一部しか残っていないので、こちらが「完全な形」の最古になる。
説の対決
歯車の技術はどう受け継がれたのか。どの説が、どの事実を説明できて、どの事実に負けるか。
ビザンツから途切れずに伝わった
ビザンツの日時計と、ビールーニーの装置・イスファハンのアストロラーベの仕掛けがよく似ていること
受け渡しを示す記録が無く、500年ごろから1000年ごろまでの歯車の品が見つかっていないこと
本を通じて学び、作り直した
8〜9世紀のアッバース朝で、ギリシア語の学術書が数多くアラビア語に訳されたこと
月の暦の歯車を説明したギリシア語の本は特定されておらず、手本がどれかを示せないこと
「パイム・ポンティアン号」から出た
海から出た品なら、金属が溶かされずに残った理由を説明できること
博物館の記録は「購入」とだけあり、沈没船も船の名前も、目録と論文のどこにも出てこないこと
編集部の考察
確認事実:ロンドンの科学博物館に、500年前後のビザンツの歯車つき日時計の部品4点がある。月の円盤には59の歯があり、仕掛けはビールーニーの記述やイスファハンのアストロラーベと似ている。
推論材料:科学博物館の登録情報、フィールドとライトの1985年の論文、ライトの2006年の論文、オックスフォード大学科学史博物館の解説。
考察:「パイム・ポンティアン号の遺物」の話は、この実在の日時計に、沈没船と船の名前が後から付け加わったものとみるのが自然である。歯車の技術が古代から中世まで続いたことは実物が示すが、どういう道で伝わったかは分からない。
弱点・反証:日時計の入手の経緯が「購入」としか公開されておらず、元の出どころは確かめられない。出どころを示す記録が出てくれば、沈没船の話を含めて判断が変わりうる。
まだ解けていない問い
- 1
「パイム・ポンティアン号」の話は、どこから来たのか
船の名前も沈没船の話も、所蔵館の記録と主な論文には無い。出どころの分かる話ではなく、後から付け加わった話とみられる。
- 2
日時計はどこで見つかり、どんな道をたどってロンドンに来たのか
博物館の記録は「購入」とだけある。どこで見つかり、誰の手を経たのかは公開されていない。
- 3
ギリシアの歯車の技術は、途切れずにイスラム世界へ伝わったのか
ビザンツ、ビールーニー、イスファハンの三つが似ていることは確かだが、そのあいだをつなぐ品も記録も見つかっていない。
ギリシアの歯車はアテネに、ビザンツの歯車はロンドンに、イスファハンの歯車はオックスフォードにある。
三つをつなぐ道だけが、まだ見つかっていない。
Joyofmuseums / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0所蔵館
研究論文
- J. V. Field & M. T. Wright, “Gears from the Byzantines: A portable sundial with calendrical gearing,” Annals of Science 42 (1985), 87–138
- D. R. Hill, “Al-Bīrūnī’s mechanical calendar,” Annals of Science 42 (1985)
- M. T. Wright, “The Antikythera Mechanism and the Early History of the Moon-Phase Display,” Antiquarian Horology 29 (2006)
事典・解説
写真・資料クレジット
Gts-tg / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Zde / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
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Ronan Reinart / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
m654z / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
History of Science Museum, University of Oxford / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Al-Biruni / Wikimedia Commons / パブリックドメイン。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Joyofmuseums / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)