
オクロ 天然原子炉
人類が最初の原子炉を動かすおよそ20億年前、アフリカの地下で核分裂の連鎖反応が起きていた。
Peeterpaaver / Wikimedia Commons / CC BY 4.0
観測の概要
1972年、フランスのピエールラットにあるウラン濃縮工場で、ガボン産のウランに含まれるウラン235の割合が、ふつうの0.720%ではなく0.717%しかないことが分かった。わずかな差だったが、たどっていくと原因はガボン南東部のオクロ鉱山にあった。同じ年の9月25日、フランス原子力庁は、およそ20億年前にこの鉱床で核分裂の連鎖反応が自然に起きていたと発表した。鉱床からは燃えかすにあたる元素の偏りが見つかり、反応は数十万年のあいだ止まっては動くことを繰り返したと考えられている。いまのところ、天然の原子炉の跡が確かめられているのは、オクロと近くのバンゴンベを含むガボンのこの一帯だけだ。
この観測の三つの謎
- 水と岩だけで、なぜ反応は暴走せず止まったり動いたりできたのか
- 天然原子炉の跡は、なぜガボンのこの一帯でしか見つからないのか
- 20億年前の物理の法則は、本当にいまと同じだったのか
- 反応の時期
- およそ20億年前(約17億年前とする見方もある)
- 場所
- ガボン南東部、オートオゴウェ州のオクロ鉱山と周辺(フランスヴィル盆地)
- 発見
- 1972年、フランスのウラン濃縮工場での定期分析
- 反応の跡
- オクロ、オケロボンド、バンゴンベで十数か所
確定している事実
工場で見つかった小さなずれと、その出どころ。争いのない記録を先に並べる。
天然のウランは、核分裂しにくいウラン238がほとんどで、燃料になるウラン235は0.720%ほどしか含まれない。この割合は、地球の岩石でも月の石でも隕石でもほぼ同じだ。ところが1972年、フランスのピエールラットの工場で定期分析をしていた担当者は、ガボン産の試料が0.717%しかないことに気づいた。
わずか0.003ポイントの差だが、濃縮工場にとっては見過ごせない量だった。原料の出どころを調べると、ガボンのオクロ鉱山の鉱石にたどり着き、現地の鉱石からは0.44%まで下がった試料も見つかった。

- ふつうのウラン235
- 0.720%。地球でも月でも隕石でもほぼ同じ
- 工場で見つかった値
- 0.717%
- 最も低い試料
- 0.44%(オクロの鉱床)
- 公式の発表
- 1972年9月25日、フランス原子力庁
予言と発見の記録
天然の原子炉は、見つかる前に理論の上で予想されていた。
- 1953年最初の指摘ジョージ・ウェザリルとマーク・イングラムが、昔のウラン鉱床なら連鎖反応が起こりえたと指摘する。
- 1956年黒田和夫の論文アーカンソー大学の黒田和夫が、天然のウラン鉱物で連鎖反応が起きる条件を計算して発表した。
- 1972年工場で異常を発見ピエールラットの工場の定期分析で、ウラン235が足りないことが分かる。9月25日、フランス原子力庁が天然原子炉の発見を発表した。
- 1975年国際会議国際原子力機関がガボンの首都リーブルヴィルで会議を開き、各国の研究者が分析結果を持ち寄った。
- 1976年物理定数の検証ソ連のアレクサンドル・シュリャフテルが、オクロの試料から物理定数が変わっていないかを調べる方法を示す。
- 2004年キセノンの記録アレックス・メシクらが、鉱物に閉じ込められたキセノンから、反応が止まったり動いたりした周期を読み解いた。

ここから謎になる
反応が起きたことより不思議なのは、それが勝手に止まり、また動き出したことだ。
20億年前のウランは、いまよりウラン235の割合が高く、およそ3%あった。いまの軽水炉の燃料とほぼ同じ濃さだ。そこへ地下水がしみこむと、水が中性子の速さを落とし、連鎖反応が始まる。熱で水が沸いて抜けると反応は止まり、冷えて水が戻るとまた始まる。メシクらの分析では、およそ30分動いて2時間半休むという周期だった。
変わっていないとする論文
基本的な核の定数が一定であることの直接の検証— シュリャフテル、『ネイチャー』1976年(論文名の訳)
変わったかもしれないとする論文
微細構造定数が宇宙の歴史の中で変化してきたことを示す、さらなる証拠— ウェッブほか、『フィジカル・レビュー・レターズ』2001年(論文名の訳)
N岩に残った時計
30分という短い時間が、20億年前の岩からどうして分かるのか。
手がかりは、核分裂でできる気体のキセノンだった。メシクらは、原子炉の跡にあるリン酸アルミニウムの鉱物に、自然界で知られる中で最も濃いキセノンが閉じ込められているのを見つけた。
キセノンの同位体は、でき方によって鉱物に入る時期がずれる。反応が止まって冷えたときにだけ鉱物に閉じ込められるものがあり、その割合から、動いていた時間と休んでいた時間を逆算できた。

ネオジムやルテニウムの同位体の割合も、ふつうの岩とは大きく違い、原子炉の使用済み燃料とよく似ていた。これが、ウランが「燃えた」ことの決め手になった。
工場から鉱山へ
謎の入口は、アフリカの鉱山ではなく、フランスの工場の分析室だった。
観測値と検証
数字は、鉱石の分析と計算から出たものだ。
オクロの原子炉を表す数字
反応は数十万年にわたって続き、およそ5トンのウラン235を消費したと見積もられている。メシクの解説では、2トンを超えるプルトニウム239もできた。一方で平均の出力は100キロワットに届かず、いまの原子力発電所とは比べものにならないほど小さかった。

説の対決
天然原子炉が、なぜこの一帯でしか見つからないのか。三つの見方を並べる。
時期の窓が限られていた
ウラン235は時とともに減る。大気に酸素が増えてウランが水に溶けて集まりやすくなった後で、しかもウラン235がまだ十分に濃い時期は限られる
条件が合った時期があったなら、なぜ世界のほかの鉱床に跡が無いのかは、これだけでは説明しきれない
ほかの跡は失われた
20億年のあいだの浸食や地殻の変動で、多くの鉱床が壊れたり作り変えられたりしたこと
失われたことを確かめる手段が無く、証拠の無い推測にとどまる
まだ見つかっていない
ウラン235のわずかな不足は、精密な分析をしないと気づけないこと
世界中のウランは同じように分析されてきたが、ほかの例は報告されていない
編集部の考察
確認事実:オクロの鉱床ではウラン235が0.44%まで減り、ネオジムやルテニウムの同位体も使用済み燃料に似た偏りを示す。天然の核分裂連鎖反応が起きたことに争いはない。
推論材料:フランス原子力庁の1972年の発表、1975年のリーブルヴィル会議、メシクらのキセノンの分析、シュリャフテル以来の物理定数の研究。
考察:水が減速材と安全装置を兼ね、沸けば止まり冷えれば動く仕組みで、反応は長く穏やかに続いたと考えられる。謎の中心は「起きたこと」より、「なぜこの場所だけに跡が残ったか」にある。
弱点・反証:反応の時期は約20億年前とも約17億年前ともいわれ、幅がある。ほかの場所に天然原子炉が無かったのか、見つかっていないだけなのかは、確かめようがない。
まだ解けていない問い
- 1
水と岩だけで、なぜ反応は暴走せず止まったり動いたりできたのか
水が中性子の速さを落とす役目を持ち、熱で水が抜けると反応が止まった。キセノンの記録がこの仕組みを支えるが、細かい条件にはまだ議論がある。
- 2
天然原子炉の跡は、なぜガボンのこの一帯でしか見つからないのか
ウラン235の濃さと酸素の増えた時期が重なる窓は限られるが、ほかの鉱床の跡が失われたのか、もともと無かったのかは分からない。
- 3
20億年前の物理の法則は、本当にいまと同じだったのか
オクロの分析は大きな変化が無かったことを示すが、遠いクエーサーの観測との食い違いは、まだ決着していない。
フランスヴィル盆地の岩には、20億年以上前の微生物が残したストロマトライトの縞も刻まれている。こうした微生物が増やした酸素が、ウランを水に溶かして集める条件を整えたと考えられている。
20億年前の原子炉は、誰にも見られずに燃え、誰にも知られずに消えた。
Benoit Potin / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0論文・報告
- P. K. Kuroda, “On the Nuclear Physical Stability of the Uranium Minerals,” Journal of Chemical Physics 25, 781, 1956
- A. P. Meshik, C. M. Hohenberg, O. V. Pravdivtseva, “Record of Cycling Operation of the Natural Nuclear Reactor in the Oklo/Okelobondo Area in Gabon,” Physical Review Letters 93, 182302, 2004
- A. I. Shlyakhter, “Direct test of the constancy of fundamental nuclear constants,” Nature 264, 340, 1976
- T. Damour, F. Dyson, “The Oklo bound on the time variation of the fine-structure constant revisited,” Nuclear Physics B 480, 1996
- J. K. Webb et al., “Further Evidence for Cosmological Evolution of the Fine Structure Constant,” Physical Review Letters 87, 091301, 2001
- Yu. V. Petrov, “The Oklo natural nuclear reactor,” Soviet Physics Uspekhi, 1977
解説
写真・資料クレジット
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H238 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
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MesserWoland / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
JFZ0413 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Prosopee / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Zonk43 / Wikimedia Commons / CC0 1.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
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