
パンドラウイルス 未知の遺伝子
光の顕微鏡で見えるほど大きなウイルスは、どの生き物にも似ていない遺伝子を大量に抱えていた。
Djamal Brahim Belhaouari ほか / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0
観測の概要
パンドラウイルスは、アメーバに感染する巨大なウイルスである。2013年、フランスの研究チームがチリの河口の堆積物とオーストラリアの池の泥から見つけ、『サイエンス』に報告した。粒子は長さ約1マイクロメートルで、ゲノムは最大で約250万塩基対ある。最初の株では、予測された約2500の遺伝子の93%が、既知のどのタンパク質とも似ていなかった。その後の再解析で数字は下がったが、株ごとに違う「どこから来たのか分からない遺伝子」は今も説明がついていない。
この観測の三つの謎
- 既知のどの生物とも似ていない遺伝子は、どこから来たのか
- パンドラウイルスは、何から進化してきたのか
- 株ごとに違う遺伝子を、ウイルス自身が作り出しているのか
- 観測日時
- 2013年7月に報告。ドイツでは2008年に別の株が見つかっていた
- 観測地点
- チリ中部の河口、メルボルン近郊の池、ドイツのコンタクトレンズケースなど
- 観測方法
- アメーバで培養し、電子顕微鏡で観察し、ゲノムを読む
- 記録の種類
- 論文、ゲノム配列、RNAとタンパク質の測定
確定している事実
観察された大きさと、読まれたゲノムの数字から始める。
2013年7月、エクス=マルセイユ大学のジャン=ミシェル・クラヴリとシャンタル・アベルジェルらは、新しい巨大ウイルスを『サイエンス』に報告した。チリ中部の河口の浅い堆積物から採れたパンドラウイルス・サリヌスと、メルボルン近郊の池の泥から採れたパンドラウイルス・ドゥルキスである。
どちらも、アメーバの一種アカントアメーバに試料を与えて増やした。粒子は長さ約1マイクロメートル、幅約0.5マイクロメートルの楕円形で、一端に孔がある。ふつうのウイルスは光の顕微鏡では見えないが、この粒子は見える。

- 大きさ
- 長さ約1マイクロメートル、幅約0.5マイクロメートル
- ゲノム
- 最大で約250万塩基対。ミミウイルスの約2倍
- 宿主
- アカントアメーバ。ヒトへの感染は確認されていない
- 未知の割合
- 2013年の最初の株では、予測遺伝子の93%が既知のタンパク質と似ていない
時刻と地点の対照
見つかった場所は、海辺の河口からコンタクトレンズのケースまで散らばる。
ドイツ・コブレンツ。角膜炎の患者のコンタクトレンズのケースから採ったアメーバの中に、正体不明の「共生体」が見つかる。のちにパンドラウイルスと判明
チリ中部の河口とメルボルン近郊の池。サリヌスとドゥルキスが『サイエンス』に報告され、パンドラウイルスの名がつく
マルセイユの土、ニューカレドニアのマングローブ、メルボルンの池。新たに3株が加わり、株どうしの比較が始まる
シベリアの永久凍土。約4万8500年前の地層から、アメーバに感染する力を保った株が復活させられる



ここから謎になる
同じゲノムを見て、二つの研究チームは正反対の結論を出した。
発見したチームは、既知の遺伝子とほとんど似ていないことを重く見た。一方、別のチームは、ほかの巨大ウイルスと共通する少数の遺伝子で系統樹を描き、パンドラウイルスは既知のウイルスの仲間の中に収まると反論した。
未知の系統とする見方
サリヌスに近い微生物は、これまで一度も配列が読まれたことがない— フィリップほか、『サイエンス』2013年の結論(ヴァイロロジー・ブログの紹介から訳)
既知の仲間とする見方
パンドラウイルスは、フィコドナウイルスが大きく変化したものである— ユーティンとクーニン、『バイオロジー・ダイレクト』2013年(論文題名の訳)
93%はどこへ行ったか
2018年、発見したチーム自身が数字を読み直した。
最初の数字は、コンピューターによる遺伝子の予測にもとづいていた。パンドラウイルスのゲノムはGとCの文字が多く、ただの配列が遺伝子に見えやすい。2018年、チームは実際に読まれているRNAと、粒子に含まれるタンパク質を測って予測を絞り直した。サリヌスの遺伝子は2541個から1430個に減った。

それでも謎は消えなかった。6株を比べると、共通する遺伝子のまとまりは約455しかなく、株が一つ増えるたびに新しい遺伝子が50個以上加わると見積もられた。予測されたタンパク質の平均70%は働きが分からず、その株にしかない遺伝子では約95%に達した。


遺伝子は作られるのか
借りてきたのでも、受け継いだのでもない遺伝子がある。
観測値と検証
2018年の比較で得られた数字を並べる。
パンドラウイルス6株の比較(2018年)
株にしかない遺伝子は、ほかの生物に似た配列がないだけでなく、統計的な性質が遺伝子と遺伝子のあいだの「すきま」の配列に近かった。チームはここから、すきまの配列から新しい遺伝子が生まれている可能性を示した。遺伝子の重複や、ほかの生物からの取り込みだけでは説明しきれないという。
説の対決
未知の遺伝子の出どころについて、三つの説を比べる。
未知の細胞生物が縮んだ
ゲノムが大きく、既知の生物と似ていない遺伝子が多いこと
巨大ウイルスに共通する遺伝子で描いた系統樹では、既知のウイルスの仲間に入ること
既知のウイルスが遺伝子を集めて大きくなった
共通遺伝子の系統樹で、フィコドナウイルスに近い位置に来ること
株ごとの遺伝子の多くが、宿主のアメーバにもほかの生物にも似ていないこと
すきまの配列から遺伝子を作っている
株ごとの遺伝子が、遺伝子のあいだの配列と似た性質を持つこと
新しく生まれた遺伝子が、実際に何かの働きを持つことはまだ示されていない
編集部の考察
確認事実:パンドラウイルスは長さ約1マイクロメートル、ゲノム最大約250万塩基対の巨大ウイルスで、アメーバに感染する。2013年の最初の株では予測遺伝子の93%が既知のタンパク質と似ていなかった。
推論材料:2013年のサイエンス論文、同年の系統解析の反論、2018年のRNAとタンパク質を使った再解析、2023年の永久凍土からの復活の報告。
考察:系統の位置と、未知の遺伝子の出どころは別の問いとして扱うのがよい。共通遺伝子では既知のウイルスの仲間でも、株ごとの遺伝子は別の仕組みで増えている可能性がある。
弱点・反証:「すきまから遺伝子が生まれる」説は、配列の統計的な性質からの推定である。その遺伝子が働くことを実験で示した例はまだない。
まだ解けていない問い
- 1
既知のどの生物とも似ていない遺伝子は、どこから来たのか
株が増えるたびに新しい遺伝子が見つかり、出どころを一つずつ調べる作業が追いついていない。
- 2
パンドラウイルスは、何から進化してきたのか
共通遺伝子の系統樹は既知のウイルスの仲間を指すが、それでゲノム全体の由来が決まるわけではない。
- 3
株ごとに違う遺伝子を、ウイルス自身が作り出しているのか
すきまの配列から遺伝子が生まれた証拠は統計的なもので、実験で確かめた例はまだない。
2023年、シベリアの永久凍土から復活させられた株も、パンドラウイルスの仲間だった。
4万8500年前の地層にも、今のチリの河口にも、同じ形の箱がある。
箱の形は分かった。中身の読み方は、まだ分かっていない。
Jean-Marie Alempic ほか / Wikimedia Commons / CC BY 4.0原論文
- Philippe N et al. Pandoraviruses: amoeba viruses with genomes up to 2.5 Mb reaching that of parasitic eukaryotes. Science 341, 2013
- Yutin N, Koonin EV. Pandoraviruses are highly derived phycodnaviruses. Biology Direct 8:25, 2013
- Legendre M et al. Diversity and evolution of the emerging Pandoraviridae family. Nature Communications 9:2285, 2018
- Scheid P et al. Welcome to pandoraviruses at the ‘Fourth TRUC’ club. Frontiers in Microbiology, 2015(ドイツ株の経緯)
- Alempic JM et al. An Update on Eukaryotic Viruses Revived from Ancient Permafrost. Viruses 15(2), 2023
- Legendre M et al. Thirty-thousand-year-old distant relative of giant icosahedral DNA viruses with a pandoravirus morphology. PNAS, 2014
- La Scola B et al. A giant virus in amoebae. Science 299, 2003
解説・報道
写真・資料クレジット
Djamal Brahim Belhaouari ほか / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
ViralZone(SIB Swiss Institute of Bioinformatics) / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Jacob Lorenzo-Morales, Naveed A. Khan and Julia Walochnik / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Jacob Lorenzo-Morales, Naveed A. Khan and Julia Walochnik / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Domi751 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Sarah Aherfi ほか / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Steven W. Wilhelm ほか / Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Ghigo E ほか / Wikimedia Commons / CC BY 2.5。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Francisco Javier Pinto Berguecio / Wikimedia Commons / CC BY-SA 2.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)
Jean-Marie Alempic ほか / Wikimedia Commons / CC BY 4.0。縮小(WordPress の縮小版を使用)。出典ページ(確認 2026-09-25)